第1.5話 「愛しい兄妹」
──私とルマンが『聖なる扉』へ向かう少し前のこと。
皇居の敷地内にある聖騎士団演習場で、
いつも通り稽古をしていたのだろうアリネが、
演習場へ繋がる廊下からやってきた。
「姉様?!」
「あら、アリネ。稽古終わりかしら?」
先程まで鋭い瞳で前を見据えていたのに、
私が視界に入った瞬間に、アリネは驚きで目を見開いていた。
今まで、私たち以外の者が見ているであろう場所で、
アリネは動揺を見せたりなどしなかったのだが、
眠っていた期間が300年と長過ぎた為に、
心配をかけてしまったのだろうかと不安になる。
「いつの間にお目覚めに……?」
「ついさっきよ。」
「さっき?!……どこかへ出かけるのですか?」
私が寝間着ではなく、ドレスを着ているからだろう。
目覚めたばかりなのにどこかへ出かける、
という行動がアリネにまたもや心配をかけているということは、
いやでも分かったけれど、これは私のすべき仕事なのだ。
今まで任せ切りだった分、今後は頑張らないといけない。
不老不死なら、疲れなんて感じないのでは?
そう思われる方も多いだろうが、
単純に”死”という人としての終わりを迎えることがなくなっただけで、
体力は人間であった時と大差ないのだ。
なぜ、アリネやルマンは眠ることがないのかというと、
二人が疲労を感じさせることがない代わりに、
私がその疲労全てを受け入れ、
身体を休ませる間に、
創世神アリシアの話し相手となることが定められているからだ。
といっても、二人の疲労を私が全て受け入れているのは、
私が勝手にしたことなので、当の二人は知らないことだが。
「ルマンから聞いているかもしれないけれど、
今代のエリア国王が、
創世神アリシアに誓った«対立凍結の契約»を破棄したらしくてね。
今から彼らの仲介に行くところなの」
「兄様が以前仰っていた……。
ですが、目覚めたばかりなのに動かれるのはどうかと!」
「大丈夫よ。ただ話し合いをするだけですもの。
何かと戦うわけでもないのだから、問題はないわ」
「でも……」
「そうね……。なら、帰ってきたらまた休むことにするわ。
それで許してもらえるかしら?」
眉を下げて不安げな顔をするアリネに、
私は申し訳なく思いながらも、そう告げる。
できれば、彼女達の負の表情は見たくはないのだ。
どうか、今までのようにこれからも笑ってほしい。
それだけが私個人の願いで、欲望なのだから。
「……わかりました」
「ありがとう」
私の言葉を聞いて、何かを決心したような顔をしたアリネに、
私は安堵からフッと微笑んで、
まだ私よりも少しだけ身長の低い愛しい妹の頭を撫でた。
「姉様方が不在の間、こちらは任せてくださいね」
「ああ、頼んだ」
その様子を隣で見守っていたルマンが、
留守の間は自分が仕事を請け負うと言ったアリネに、
優しく頭を撫でている。
この子も、いつの間にか大きくなった。
もう、祝福を受けた時に身体の成長は止まったはずなのに。
どうしてか、眠っていた300年の間に、
また成長したような気がしてならない。
時折、この立場上孤独を感じることは多々ある。
それでも、私を尊敬してついてきてくれる者がいるのだと思えば、
何ものにも変えられない力になる。
やっぱり私は、この愛しく眩しい我が国が大好きだ。
300年の間に、メイドたちも世代交代をしていたようだけれど、
私がまだ眠る前にいた頼もしいメイドたちとその瞳に宿す光が同じだった。
愛しい、大好きな兄妹がいるのだから、
これから世界のために頑張らなければ。
まずはエリア王国とカスティージョ王国との問題から。
そう改めて決意して、
私はアリネに「行ってきます」と言って、
『聖なる扉』のある一室へと歩を進める。




