19.崩れる音色
からめ取られる音が響く。
脳内をじくじくと、不安の音が這い回る。
何が……、起きたのか。
ルーリー様との会話から。
一晩経って。
裸オーバーオールのメアと会って、ついでに女神ルーリー様からのアクセサリーをプレゼントして。
珍しく満面の笑みを浮かべたメアを、俺もにやけて見ていた――――ところで。
きゅぽんと。
何かがナニかに吸い込まれるような音が響き、メアは、その場に伏してしまった。
そして一言。
「封印された」
そう呟いて。
メアは、すくっと立ち上がる。
「メ、メア……?」
「……やられたな、こいつは」
ニヒルに。腰に手を当てたまま、笑みを浮かべるメア。
口元は歪んでいるが、その表情はどこか諦めのようなものが入っていた。
「えーっと……? な、何が、どうなった……、んだ?」
俺は、どこか矮小に感じるメアを見下ろす。
メアは首もとのチョーカーを意味深に何度かさすり、
一度だけ俺を見て、
動きを止めて地面を見つめた。
「ふー……」
深い深い息を吐く。
静寂がこいつを包むのは、いつぶりだろうか。
長い間にも思えた一瞬時間。微かな動作と共に空を見上げ。吐き切った息を、もう一度すうっと吸い。
俺に、こう言った。
「――――お前は、悪くない」
「へぇ?」
「悪いのは、少しだけ緩んでしまったワタシだ」
俺の目を見ない、その瞳は。
いつもの凛々しさを残したまま、どこか哀愁のようなものが見えた。というよりも、諦めみたいな感情が入っている。そう、思った。
「メア……、メア、すまない。説明してくれ。
悪いんだけども、俺には何が起こっているのかが分からない」
「はぁ……。まぁいいか。
それじゃあ、ワタシを見てみろ、師匠」
というかさっきの言葉で気づけと悪態をつかれた。何だ? ますます意味が分からない。
「見てみろって言ったって……」
上から下まで何も変わらない。
金色と赤色の斑なクセ髪。悪目立ちするリボン。額。今はややうな垂れているが凶悪な目つき。華奢な手足。白い肌。格好は裸オーバーオール。
「何も変わらな――――あ、そうか!」
メアの言葉にピンときた俺は、即座に魔力を目に集め、周囲の魔力だけを感知する魔法を使用する。
この魔法は、周囲の魔力の塊や残滓、それ以外にも、生命以外のエネルギーを感知することが出来るものだ。
視界がサーモグラフィーのようになり、魔力が高ければ光り輝き、低ければ何も移らない。
今俺たちがいる場所はギルドに近いところなので、そこそこな魔力を持った人たちが何名かいる。
そしてメアは。
光っていなかった。
「…………っ!」
――――それは。
それだけは、無い。
コイツほど高濃度の魔力に包まれているやつなんて、いないはずなのだ。
なんたって、生粋の選ばれし者。
そんじょそこらの選ばれし者ではない、特異中の特異なのだから。
最初は魔法がバグったのかとも思ったが、俺の手のひらですらも魔力により光り輝いている。
ということは、つまり。
「は……、はっはっは! なぁんだ、メア。お、お前ついに、魔力を隠匿する呪文を覚えたのかよ! 脳ある鷹は爪を隠すってか! 大人しくすることもできるもんだなぁ」
声が。裏返っている。
誰の声が?
俺の声か。
「な、なぁ、メア。……どうしちまったんだよ」
どうしてメアには、魔力の光が現れないのだろうか。
どうして。
何故、どうして。
…………そんなことは。
そんなことは、決まっていて。
俺は事実を口にしないようにしていただけだ。
一箇所だけ。
光を放っていたところがある。
それが、首筋だ。
チョーカーだ。
光を放たないメアという人影の中で、細い糸で編みこまれたソレだけが、綺麗にくっきりと光を放っていた。
「……もう、分かっただろ」
「俺……、か?」
がくりと、
膝から砕け落ちる。
俺が渡した、女神ルーリー様からのチョーカー。
それをつけたから、メアから特殊性が失われた。
ルーリー様は。
どうして。そんなものを俺に。そもそも。俺は。どうしてそれを信じたのか。いや、信じるに決まっている。だって。女神ルーリー様は。信じられる人物で。俺が最初に会った人物で。俺のやりたい放題を許容してくれた人でもあって。メアとのことを気にかけていて。でも、
チョーカーが。
そこには、あって。
「――――おぇ」
吐き気を催してしまう。
胃液の逆流を何とか押しとどめ、俺はメアを静かに見る。
何で。
何だってお前はそんなにも平然としていられるんだ。
少しの陰りだけで。
地に足をつけて、立っていられるんだ――――
「うぅ……」
メア。
メア、メア、メア。
「俺が……、俺、」
地面に伏した俺を、通行人が見ては通り過ぎていく。
奇異の視線にかまけている場合ではない。
「お前は、騙されたのさ、豚ァ」
そう言ってメアは。
「はっはっは」
と、クリアな声で笑った。
不甲斐なさに頭の中がぐわんぐわんと揺れる。
不思議と涙は出なかった。
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