7.ダンディズム
次の日の朝。
早朝からメアにたたき起こされた俺は、外出に付き合わされていた。
今日一日は、一応何も起きない予定……の、ハズで。明日には邪神とやらが現れるらしいので、今日くらいはゆっくり出来るなぁなんて思っていた矢先にコレである。
「昼過ぎくらいまでは寝たかったなぁ……」
「うるさい。黙って付いて来い」
「へいへい」
まぁ普通の人間ならば、明日邪神がこの街に現れると知っていたら、こんなのんびりとはしていないだろう。なんだか、トラブルにも慣れてしまった。
「メアよぉ。それで、どこに行くんだ?」
「ん? 試し斬り」
「あん?」
そんなこんなで。
華やかで活気のある城下町の奥。
訪れたのは冒険者の依頼受注所――――通称ギルドと呼ばれる場所だった。
「Aランク以上の依頼を、テキトーに頼む」
扉を開けて、つかつかと受付に詰め寄り、第一声がコレだ。
……うん、そりゃあ呆れもする。
「メアさんや……、問題は起こさないようにねって、散々言ってるでしょ?」
「黙れ豚。ワタシはさっさと試し切りがしたいんだ」
「お前ね……」
そんなやり取りをしていると、もれなくギルド全体から、爆笑の渦。渦。渦。
まぁ、そりゃあそうですよね……。俺も、何も知らない冒険者なら笑っていると思うよ。
メアみたいな十歳の小さな女の子が、とても不釣合いで大きな剣を背中に下げ、あまつさえAランクの依頼――――冒険者の中でも高ランクの人間しか受けることの出来ない依頼をよこせと言って来たのだ。ごっこ遊びか何かだと思われても、仕方ないだろう。
あまつさえ、後ろにいる俺を豚呼ばわりだ。こりゃあ、俺に対する嘲笑も入ってるかな。
イキッた幼女と小太りで情けないオッサン。
うむ、材料は十分と言えるでしょう。
「ダッハッハッハッハ! いやいや、笑わないのは無理だろーっ!」
「お譲ちゃん、どこでそんな言葉知ったんだよ! Aランクって言葉分かってんのかぁ?」
「大方となりの親父が、夢見てよくその単語口にしてんだろーぜ! それとも、見栄張ってAランクの依頼を毎日受けてるんだぞとか言ってたりすんのかぁ!?」
収まりそうにない笑い。
おーおー、すげえ好き勝手言われてる。……こういうの、もう慣れてるけどさ。
けどこのギルド、すげえ治安良い方だなぁ。メアの奇行に対して笑ってる人はいつもより少ないし、何名かは静観している。おそらくメアが強者だってことを、ぼんやりと見抜いていたりするのだろう。関わり合いにならないようにしているだけの可能性もあるが。
「あー、皆さん、お騒がせして申し訳ないっす。こちらは気にせず、ご歓談をお楽しみください」
へこへこしながら俺は、これ以上メアを目立たせないよう身体で隠す。
「情けねえなあオッサン! 娘の前でくらい、かっこつけたらどうだよ!」
「無理だろ! かっこつけれる程の貫禄、ぜんぜん無いもんよぉ!」
「最初オークか何かが迷い込んで来たのかと思ったぜ! ギャハハハッハッ!」
分かった分かった。もう何でもいいよ。
生憎、罵倒はされなれてるんでな……、皮肉にも、俺が庇っている対象に。
「俺のことは好きに言ってくれて良い。けど、コイツのことは悪く言わないでくださいな。それじゃ」
そう言って俺はどうにか去ろうとする。
そのときメアが、ちょっとだけ驚いた顔をして……、何か若干赤くなっていた。
……何だ? 俺ごときに庇われたのが、そんなに悔しかったのか?
だってさぁ! これ以上お前に文句が飛んできたら、お前絶対キレるじゃん! やだよ俺。こんな高級そうなギルド、建て替えの費用とか出せないからな!?
「オイ待てやオッサン――――あ?」
俺の肩に、嘲笑していた男の手が触れそうになった途端だった。
その腕が突如として、燃え盛った。
「ひっ!? 火ぃぃ!? ひぎゃぁぁああっ!!」
メアじゃない。当然、俺でもない。
魔法の出所を気配で探ってみると……、どうやら射出主は、俺の目の前に居た受付の人だったようだ。
何でもないようなおじさんだったのだが……、よく見ると貫禄があり、とてつもなくシブい。年のころは俺と変わらないかちょっとだけ上くらいだ。
……いいなあ! 俺もこんな風に年取りたかったなぁ! アラフォーの程よい男の色気が醸し出されていた。
「はっはっは。相手の力量も測れないようじゃあ、冒険者としてまだまだだなぁ。あと……、俺の店で騒ぎを起こすな。客とモメるな。分かったか?」
パチンと指を鳴らすと、男の腕から炎が消え、同時にやけどに対しての回復魔法が発動した。
ク、クールだぁ……っ! 俺もそういう風に立ち回りたい!
「おら、散った散った。てめえらもさっさとクエスト行ってこい!」
しっしと、手で冒険者らを払う受付のおじさん。
人垣がほどほど無くなったのを見計らい、改めてメアに視線を落とす。
「すまねえなァ、譲ちゃん。
さて――――話を戻そうか」
鋭い目つきを和らげつつ、彼は俺たちの方を向きなおす。
「Aランクの依頼を受けたいんだって? なら、この地域の紹介状が必要なんだわ。持ってるか?」
タバコにクールに火をつけ、そう笑いかける。お譲ちゃん呼びではあるが、どこか尊重を感じられる話かけ方だった。元々この人は、誰にでもこういうスタンスなのだろう。
「そんなもの持っていない」
「そうかい。なら、残念ながらウチではAランクは受けられねえなあ」
「チッ! 面倒だな!」
ジト目になっておじさんを睨むメアを、俺は叱る。
「こらメア、おじさんに当たっても仕方ないだろう。ルールなんだから」
「なに、かまわねえよ。……子育ても大変だねぇ」
「俺の子じゃあ無いですけどね……。何と言うか俺はその……、使用人みたいなもんです」
情けなく笑いながら俺が答えると、おじさんはそうなのかいと笑って答えてくれた。
うーん、なるほど。このギルドの治安が良いのも、もしかしたらこの人が取り仕切っているからなのかもしれない。
「何の紹介状も無く受けられる依頼って、どのランクが最高なんでしょう?」
「ウチだと、Cランクからになっちまうねぇ。一回でもCをこなしてくれりゃあ、Bまでなら紹介無しでいけるが……。まぁ、見たところお譲ちゃんは、Bランクくらいじゃあ満足しそうにないわな」
「あー……、いやぁ、その、はは、」
俺は別に良いんだけどね。中途半端に弱いモンスターと戦うと、メアが不機嫌になっちゃうからなあ。その後も、暴れたり無いと言って俺への暴力が増すし。
そういった理由で、おいそれと低いランクの依頼は受けたくないのである。
「けどなぁ……、こればっかりはどうにもならねえなぁ。何せ、規律なもんでよ。
悪いけど今日のところはあきらめてくれ。な?」
「……そうですね、分かりました。
メアも、それで良いか?」
「……ん。分かった」
あれ、存外素直だな。蹴り(真空波つき)くらい飛んでくるかと覚悟していたのだが。珍しいこともあるもんだ。
「明日ぶっつけ本番にするから、もう良い。帰るぞ、師匠」
「お、おぉ。
あの、それじゃあまた来ます」
俺は軽く頭を下げ、先を行くメアの後を追う。
しかし俺と受付のおじさん。格好良さが天と地ほどに開いていたなぁ……。
俺たちの去り際、「あんま無茶すんなよ~!」と、笑顔で手を振ってくれていたおじさんのダンディズムを思い出しつつ、俺は帰路につくのだった。
ギルドから宿へ帰る道すがら。
我が麗しのメア様は、どういうテンションなのかは分からないが、肩車を所望だった。
大の男が幼女を肩車して往来を歩く。いや、別に疲れたりはしないので、そこは良いのだが……。
「エロゲだったら確実にイベントCGが表示されてるんだろうなぁ」
「何か言ったか、豚」
「別に何も」
言いながら、背負って歩く俺。
二十パーセントくらいの確率で、娘思いのお父さんに。
八十パーセントくらいの確率で、ロリペド野郎に見えるだろう。
「まぁ……、明らかに結婚している風には見えないしなぁ」
「師匠は周りからの目を気にしすぎるなぁ。大成しねーぞ?」
「どっかの誰かが現れるまでは、大成してたんだけどなぁ……」
「そういうところも含めてだな」
うるさいな。
ぐぬぬとメアの下でうめいていると、この幼女は勇ましく言う。
「どうしてもっとこう、俺はロリコンですと自信満々に胸を張れねーんだよ?」
「どうしても何も、俺はロリコンじゃねーからだよ!」
「ギャッギャッギャ!」
牙を出して笑うメア。
何が面白いってんだ……。
俺たちを見る周囲の人々の声が聞こえてくる。
「まぁ、ロリコンですって……」
「やっぱり親子の関係ではないのね……」
「いやらしいわねぇ。これ見よがしに高く掲げて見せて……」
「自分の所有物、いえ、拾得物とでも言いたいのかしら。恐ろしいわぁ……」
いや、その発想が恐ろしいよ!
どういう解釈やねん!
だがまぁその……、一つの問題文として。
問題:どうして俺たちは親子ではなく、俺側が一方的にロリコンに見られてしまうのか。
その設問のギミックは、ぼんやりとは分かっている。
メアという幼女は。
幼女ながらに、どこか女性的だ。
女性的で、性的にも見える。
体つきのしなやかさ。
時折見せる表情。
可愛さというよりも、美しさ。
それはつまり――――、全体的な性的さにつながる。
俺は四六時中一緒にいるから、それらの理由にぼんやりと気づけてはいるが、周囲の人々は無意識下でそういう風に思ってしまうという……。
「本当に、末恐ろしい幼女だ」
「んー? ……ギャギャ、今のは何だか褒められた気がしたぞ。許す」
「そいつはどうも……」
いやぁ、しかし。
今日は全体的に機嫌が良いなメアは。あれでも、さっきクエストを受けられなかったときは不機嫌だったか? ともかく。
そりゃあ常に不機嫌というわけでもないのだが……、大体の場合は俺につらく当たってくるものだ。けれど今日はそれが少ない気がする。
「まぁでも、十歳って年を考えたら、それが普通なのか」
「ん?」
「いや、別に」
言いながら俺はちょっとだけ考える。
普段の口調は置いといて、受け答えの内容が的を射ていたり、大人連中とも会話になっていたりするせいで忘れがちになってしまうのだが、まだ十歳なのだ。
この世に生を受けて十年。
えーっと、勇者として俺を倒しに旅立ったのが、確か八歳が終わる頃あたりとか言ってたか。
改めて考えると、そんな年齢から『世界』を相手取っていたのだから、恐ろしいな……。
今は肩車中だから分からんが、メアの小さな背中を思い出しつつ、そんなふうなことを考える。
「いや、髪の毛だらけだったわ、お前の後姿」
「突然どうした師匠」
頭の上からそんな風に声がかかる。
「いやホラ、俺って基本的には、お前の後方支援をすることが多いだろ? そのときによくお前の後姿を見るなーと思いはしたんだけどさ、髪の毛だらけの印象しかないなって思って」
色も、金と赤のまだらだし。
まぁ目立つ目立つ。
ザ・普通のオッサンである俺の、このモブ感よ。
「何だ? 師匠はもうちょっと目立ちたいのか?」
「え? ……いや、悪目立ちはしたくないかなぁ」
「つまりワタシみたいに、普通に目立ちたいってことか」
「いや、メアは十分悪目立ちしてる部類だよ……。お前ね……、分かって言ってるだろ」
「ギャギャギャ」
まったくコイツは。
というかさっきから笑いすぎだ。不気味なほどに機嫌が良い。
「しかしながら俺もなぁ……。曲がりなりにも勇者側に立ったんだから、少しはそういう目立ち方にはあこがれるよなぁ」
「ん? そうなのか?」
「おう、そりゃあな」
街を襲う魔物の群れ! 飛び交う人々の悲鳴の中、颯爽と、勇者・リョウスケ推参! ばったばったと魔物の群れを倒して行き、そしてついには街を救う!
「そしてバインボインのお姉ちゃんから、素敵! 抱いて! なんて言われてなぁ! そんで後はご想像通り、『この一週間、お楽しみでしたね』なーんて展開にだな……、ぁ……?」
ひゅー、ひゅー、ひゅーと、何だか息が抜ける。
ってオイ、メアちゃん!? 俺の首にちょっとした穴が空いてるんですけど!?
つか喋れてねえし!
「かひゅっ……! か、ひゅーっ……! へ、ヘア!」
「くたばるといい」
ワオ、シンプル・イズ・ベスト・罵倒。
慌てて目立たないように、超速再生を発動させる俺。こんなことが続くもんだから、魔法の発光を極力抑えて発動することに長けてしまった……。街中で回復魔法使ってたら目立つもんネ。
「ふん」
先ほどのゴキゲンはどこへやら。一気に不機嫌になったのか、俺の肩から飛び降りて先に歩き出すメア。
うーん、年頃の娘の前でのエロい発言は控えないとなぁ……。分かってはいるのだが、つい口をついてしまう。
それも十分ヤベえ癖だけども。
「というか、敬わせるために師匠って呼ばせてる意味ねえよな、これじゃあ」
ただまぁ勿論。
俺自身も、敬われるような行動もとってないんですけどね……。
「はてさて、どうしたもんやら」
頭をばりばりと掻いて、どうやって弟子のゴキゲンを伺おうかを考えるという、ダメダメな師匠であった。
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