表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/29

理想郷

 世の中というのはどうして世の中なのか?そして人間というのは同型を好み、異型を嫌う者だ。私はその点が重要だと考える。


私の名前はハン・マオ、人間……だったものだ。


 人間だったという事は今は人間ではないという事だ。ちょっと前の私だったら受け入れがたい事であったが今は受け入れている。自己暗示に近いものだが私はそれでも十分だ。自分で言うのもなんだけど私は単純だ。フォンのように医大を卒業できるほどの頭脳は持っていない、メイのようにこれといって尽くせる人もいない、そしてナナのように興味を持つものもない。ちょっと前だったら養鶏場の娘という特徴はあったが、それはもう過去のものとなっている。そうなると私に残る物は……何もない、何もなくなる。だから私は解釈次第で何にでもなれる。

 あれはいつの頃だったか、確かナナと出会って間もない頃だ。私はナナに「私は人間なのか吸血鬼なのか」と聞いたことがある。姿が変わってしまっても私は人間でありたかった。今までと変わらない日々、それを望んでいて、そして砕けた時だったから私は専門家であるナナに聞いた。例えナナが気を使って「貴方は人間よ」と言ったとしても私の今までの生活が破綻した事に変わりはないし元に戻るわけでもない。だからナナがいくら吸血鬼の専門家だとしても結局はナナの発言に意味はない……だけど私はちょっとでも安心できる材料が欲しくて聞いたのだ。


“それは自分自身に聞きなさいよ”


 実際にナナから帰ってきた回答は実に専門からしからぬ中途半端なものであった。私はナナに回答権を渡したつもりだったのだがナナは私に回答権を投げ返してきたのだ。私が聞いたつもりなのに私が聞かれている。一見するとこの上なく答えになっていない答えだったが彼女の目は真剣だった。彼女は以前にも半人半鬼に出会った事がある……きっとその半人半鬼も私たちと同じように、人間ではいられなくなって吸血鬼となった者なのだろう。だからナナは言った、”自分自身に聞け”と……




 メイの居場所は直ぐに分かった。もう深夜、一寸先は闇という暗がりであるが、居場所が分かった理由はズバリ光である。闇に灯る光が私にメイの位置を知らせてくれた。闇を灯す光は人を安心させるもの、だけどこの光はちょっと不安になった。赤いゴマ粒みたいな光がポツポツと水疱瘡のように闇に浮かんでいる。あの赤い光は私も、そして私の後ろを堂々と付いてくるナナも正体は知っている。あの光の正体は吸血鬼だ……吸血鬼の赤い目だ。

「はは、ハンはもう知っているかもしれないけど吸血鬼は普通、群れることはしないわよ。群れるとすればそれは……」

専門家に言われるまでもない、吸血鬼が群れる時は半人半鬼の誰かに吸血鬼が寄ってきたか、もしくは半人半鬼自らが吸血鬼を集めた時だ。メイしかいない、そしてそのメイが吸血鬼に噛み付いたらその吸血鬼もワクチンの効かない抗体吸血鬼となるだろう。そんな吸血鬼が村で大暴れなんかされたら敵わない……その吸血鬼は物資を略奪するための”陽動”ではなく純粋なる攻撃なのだ。被害者は以前とは比較にならないしワクチンが効かないという事は村一つが壊滅するということさえ考えられる。


 だから急いだ。半人半鬼は人間に比べて体力がない、だけど私は残りの体力なんて全く気にせずに前に進み続けた。

 進み続けると赤い光の集団が近づいていき、そしてその光の正体が影となってボンヤリと形になっていく……吸血鬼はネズミやコウモリといった小さな動物ばかりで人間の吸血鬼は見えなかった。数も以前の吸血鬼軍団にしては少ないものだ。さすがのメイも急ごしらえで吸血鬼軍団を作るのは無理のようだ。そして私が合うべき者、メイはそんな十体程の吸血鬼の中心にいた。

「一度は離れていった貴方がどうして戻ってきたのかしら?気が変わって私と一緒に来る気になった……と、言いたいところだけど、その専門家を連れているところを見る限りは違うわね」

私はメイの目を睨んだ。そしてメイは私の目を見た途端に目線をずらす様に下を向くのだ。本当ならメイの目を見て話したいところだが目線の鬼ゴッコが続行されることが目に見えていたため目をそらしたまま話を続行した。

「この吸血鬼たち、まさか……メイさん、この吸血鬼に噛み付いたんですか?」

メイはフォンに噛み付いてワクチンの抗体を手に入れている。そんなメイが噛み付けば相手が人間だろうと動物だろうと、そして吸血鬼であろうと抗体を手に入れることになる。半人半鬼による吸血鬼軍団が複数あるとすればメイのこの軍団は史上最悪の物だ。

「まだ、やっていないわ……」

ここでメイは私とは全くの反対方向に体を向ける。私から見えれば目も顔も見えない状態なるのだがそれでも光が頭越しに光が漏れ出るくらいに彼女の目はギラギラと輝いていた。ちょっとだけ、怖かった。

「この世の人が全て、吸血鬼や半人半鬼になるこの歴史的瞬間!バタバタと忙しい気分じゃなくてシャンとした状態で挑みたいの」

吸血鬼を集めては吸血鬼に噛み付く、吸血鬼を集めては吸血鬼に噛み付く、では確かに流れ作業のような感じがしてちょっと地味かも知れない。だけど沢山吸血鬼を集めた後で噛み付きまくる……これはこれで過程が変わるだけで結果が変わるわけではない。これは私自身の個人的な考えだが……結果が変わらないのであれば過程は関係ないと思う、強いて言うのであれば最も効率の良い過程を選ぶ。その辺は私とメイで違うのだろう。

「メイは本当に、そんな無茶をしたいんですか?」

「無茶でもやるのよ、それしか選択肢は無いから……私は人間にはなれないから」

人間にはなれない、私もそう思っている。でも私は吸血鬼になるのは嫌だ。そもそも私は吸血鬼じゃない、でも人間にはなれないと社会が言っている。選択肢のその一、そして選択肢のその二……人間になる選択肢も吸血鬼になる選択肢もない状態だ。メイはこの状況を打破するために選択肢の片方、人間という選択肢を潰すという行動を起こそうとしている。ならば私が起こす行動はその真逆だ。

「選択肢が無いなら選択肢を増やせばいいです」

人間でも吸血鬼でもない半人半鬼、なんて中途半端な存在だろうか……でも、中途半端でもいいと私は結論づけた。

「人間でも吸血鬼でもなく”半人半鬼”という選択肢……ね」

無論、半人半鬼という選択肢は今まで誰も考えていない新たな選択肢だ。事実、後ろにいるナナは歯を見せてニヤニヤ笑っている。「なるほど、そう来たか」とでも言いたげなニヤケ面だ。

「今までと同じでいいんです。フォンさんとメイさんと、そして私が一緒になっていたように半人半鬼どうしで固まって居ればそれでいいんです」

「でも私は……人間が憎い。中途半端にワクチンを作った人間が嫌い、フォンを人間から追い出した人間が嫌い、フォンを殺した人間が嫌い」

嫌い嫌い嫌い、もうメイは人間を愛することが出来なくなっていた。

「わかります、メイさんの言っていることは分かりますよ……でも人間には人間の都合があるのです。だから、どうか矛を収めてください……こんな事、フォンさんは望んでいません」

少し考えれば……いや、少しも考えなくてもメイの行動は矛盾だらけであることに気がつく。フォンは自らの命を捨ててでも人間からの略奪行為をやめたのだ。人間の被害から新たなる吸血鬼や半人半鬼が生まれるのを防ぐためだった。それを考えたらメイの言う全ての人間を吸血鬼や半人半鬼にするというのは逆行している。メイはフォンを慕っていた……いや、それ以上の感情があった。感情が高ぶりすぎていたからこそフォンの考えから離れていってしまっていた。

「今更矛を収めても帰れないよ……帰る場所も無い」

「場所がなければ作ればいいんです」

「誰もいない」

「探せばいいです。それに少なくても私がいます」

無いのなら探せばいい、それでもないなら作ればいい、それだけのことだ。

「もう諦めなよ、今のハンには誰にも勝てやしない」

ケケケと体全体を揺らしながらナナが笑う。大爆笑する要素がどこにあったか……

「黙れ人間」

「おーこわ!止めてほしかったくせに」

今度は体こそ揺らさなかったが誰が見ても明らかなくらいにニマニマ笑顔で茶化してくる。

「格好をつけたいから吸血鬼に噛み付いてなかったって言うけど実際にはどうなのかしら?」

メイの腰から下がブルリと震えた。そしてそれから数秒経ってメイの膝が重力に捕まった。そしてそのまま座り込んで泣きながら笑っていた。

 してやられた。メイをこういうふうにさせるのは私の役目だと思っていたのだがナナがその役目を持って行ってしまった。

「はぁ、わかっているわよ……こんな事、フォンが望んでいないって事くらいはさ、だけど……人を恨まずにはいられない」

「じゃあ恨みが出ないように遠くに行きましょ」

そこで私は一体どこに行くべきなのか考えていなかった。えっと……どこに行けばぁ


パタン


ここで何かが倒れるような音が聞こえた。音のするほうを見るとナナがいる。そしてその足元には棒っきれが倒れていた。

「北ね」

まさかナナは棒の倒れた方角で行き先を決めたというのか。そしてもうひとつ気になることがある。

「付いていくつもりですか?」

「えぇ、面白そうだしね」

やっぱりというか、彼女は結局興味で動く人なのだ。

「メイさん、何かオマケがつきましたけど一緒に行きましょうよ。そして作りましょ、半人半鬼のための理想郷を……」

「作れるのかしら?」

メイはようやく立ち上がり私を試すように問いかける。

「ダメでもやれるところまでやります」

人間でいることを諦める……一般的に考えればこれは敗北なのかもしれない。だけど私はそれでもいいと思っている。人間でも吸血鬼でもなく半人半鬼としての選択を。

 メイの周りに集まっていた吸血鬼たちが離れていく、メイが解散させたのだ。

「メイさん?」

「ちょっと賭けてみたくなっただけよ。私は吸血鬼じゃなくて半人半鬼だからね」

「じゃあ行きましょう!」

私は一歩、北へ歩き出した。

「目指すは半人半鬼の理想郷!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ