吸血鬼の夜
メイの言葉は非常に聞き取りにくく、すべてを聞き取ることは困難だった。しかし、メイの状態を見る限りでは「もう一回言って」なんてことは言えない。ゴモゴモとした言葉から聞き出せたことをまとめると……メイはフォンが村に入り込むことを恐れた。村の中で見つかればハンターに退治されてしまうからだ。だからこそ、危険を犯してまでメイは村の中から捜索をした。
結果は……目の前にいるフォンを見れば一目瞭然、生きている状態で彼を救い出すことはできなかった。メイが村に入った時にはもう既に村は厳戒態勢だったという。フォンの遺体はハンターが常駐する駐在所の中にいたという……腹にブッスリと傷口が開いており、緑色の水たまりが広がっていたとの事だった。
「よりによって駐在所に行くなんて……殺されに行くようなものじゃない」
幸いにもサンコ村のハンターは一人だけ、そのハンターも他に入り込んだ吸血鬼がいないかどうか確かめるために村を見回りに行っていた。だからフォンの遺体を運び出すのは容易だったという。
「ま、流石は元半人半鬼の吸血鬼ね……太陽剣で刺されても灰になっていない、ここまで刺されたら普通、形すら残らない」
半人半鬼の”半”という字……実に曖昧な表現で人なのか鬼なのか全く分からない。最期の一瞬、その時のフォンは一体どちらだったのだろうか?結局のそれは本人にしかわからない事だが、私は彼が最後の最後まで人間であったと信じたい。遺体がある、それが何よりの証拠だ。
「フォンは元々医大生だったわ……」
フォンは妙に薬の知識に詳しいところがあったと思ってはいたが、医大生、それだけでスッカリこの謎は解決だった。
「ナナ、貴方は吸血鬼の専門家であって医者ではないけれども通用する部分はあると思うの。ワクチンの話で通じ合っているところがあったからね……で、どうなの?フォンが起こした行動……貴方的にはどう思う?」
いつだったか話したワクチンの使用頻度に関する話、ジャンルは違えど話は通じていた。自若干だがメイの言葉に嫉妬成分が含まれているような気がする。それが気になった。
「まぁ……その、フォンが吸血鬼になったら面倒な事になるとは思っていたわ。ワクチンが効かないフォンが吸血鬼になったら噛まれた人間にもワクチンが効かない……いま普及しているワクチンが意味を成さなくなってしまう」
ナナの意見を聞いたメイはしばらくの間、黙り込んでいる。そして下を向いてすぅ、と深呼吸をしてから顔を上げる。
「なんかその言い方だと……フォンが死んでよかったみたいな言い方ね」
図星だ、ナナはメイがいない時、私に同じような事を言っていた。
「まさか、私は彼が吸血鬼化しないように全欲を尽くしていたわよ。事実、私はわざわざワクチンを作ろうとしたのよ」
それは事実、フォンが吸血鬼になると面倒なことになるからという理由だったが実際はワクチンを作ろうとするなどフォンの延命に死力を尽くしていた。
「でも……フォンが吸血鬼になった時はどうするつもりだったの?」
「それは……まぁ、その時に考えるわよ」
「今がその時よ!さあ、考えて!」
メイの目は鋭い、ナナをまるでフォンを殺した張本人であるかのように睨んでいる。
「…………はぁ」
小さくため息をついたナナは諦めたように口を開いた。
「専門家から言わせてもらえば……フォンは無視できないわねぇ」
正直に言った。ナナもここまで迫られて無言を貫き通すほどの者ではなかったようだ。
「そう……」
意外なことにメイは冷静だった。てっきりナナに掴みかかると思っていたのにどこか拍子抜けだ。
「ハンは……ハンはどう思うの?私やフォンと同じ半人半鬼の貴方もナナと同じ意見だって言うの?」
私か!?私にも投げかけてくるのか!?ナナが実に正直に答えた今、状況は非常に気まずいし、ぎこちない状況になっている。フォンを慕うメイにとってナナの回答は受け入れ難いものだし納得がいかない。
「私は……フォンが行ったことが正しいと思います。フォンは駐在所の中で倒れていたのでしょう?という事は自ら駐在所に入って殺されに行ったということです。フォンが自分が吸血鬼になったらどうなるか知ってあの行動を起こしたというのなら、私はフォンの選んだ道を尊重したいです」
別に間違っていない、私自身の意見だ。別に自分の意見を決めて喋ってメイから怒りを買いたくないだけではない。
「フォンがあの時、正気を保っていられたとでも言うの?」
少しメイの言葉がおかしいと感じたのは私だけだろうか?彼女はこの中で最もフォンを思人間だ。そんなメイがフォンが意識がないこと前提で話を進めている。フォンが亡くなった今、そんな事などどうでもよくなったのだろうか?
「私はフォンがどう思っているかなんでどうでもいい!フォンが生きてくれさえいればそれでよかったんだ!」
そしてメイは横たわるフォンのそばでペタンと座り込み、フォンの左手首を掴んで持ち上げる。
「そもそもフォンが半人半鬼にならなければ幸せを全て失うことはなかった!」
そしてメイはフォンの左腕にキスをした。
「……!?」
違う……これはキスじゃない、吸血だ。メイがフォンの血をま吸っている。憎しみを込めて、幸せを込めて、愛をこめて吸っている。
「貴方……何をやっているのよ!」
流石のナナも驚いた。私も驚いている。私もナナも口をあんぐりと開けたままで、手も足も、そして顔の筋肉も動かない。メイの周囲以外の時間が止まったかのようだった。
「こうすれば……私の中でフォンは生き続ける」
フォンの腕から口を離したメイ、その口は半人半鬼特有の緑色をした血で染まっていた。メイはその血を上着の裾で拭う。
「それに私、とてもいい事を思いついたの」
メイの唇に少しだけ残った血が月明かりに照らされて不気味に光る。メイが喋る時にチラリと見える八重歯も同様、静かに光っていた。
「いい事って何ですか……?」
絶対にいい事ではない、こういう時のいい事はいい事じゃないのだ。だから私はメイから帰ってくる返答が絶対いい事じゃないという前提で聞いた。
「逆に考えればいいのよ。フォンが吸血鬼に噛まれて半人半鬼だからこんな目にあった……だったらこの世に居る人間全てが吸血鬼か半人半鬼になればいいの。そうしたら、もうフォンのような悲劇は生むことない!」
予想はしていたけど絶対にいい事ではなかった。
「なるほど、だからフォンの血を吸ったのね。彼の血液中にある寄生虫はワクチンに対して抵抗力を持っているから噛み付いた相手を確実に吸血鬼にできる」
「そう、だから私はフォンと一緒になった」
メイが何を言っているのか分からない。メイはあれだけフォンを思っていた。そんな彼女がフォンの決めた行動を尊重せずに自分の考えを押し通している。フォンの心なんて無視して……
「こんな簡単なこと、なんで思い浮かばなかったんだろう?もう皆が吸血鬼や半人半鬼にならなければ全部解決じゃない!」
ナナがここで半歩後ろに下がる。足音を立てずに、そして動きも最小限に下がった。だけど私には彼女が動いたことは丸見えだ。そして勿論メイにも彼女の行動は見えていた。メイはナナとは逆に半歩前に進む。
「ナナ、どうして逃げようとするの?」
全ての人間を吸血鬼にするという事は当然、ナナもその対象に入っている。流石のナナも身に危険を感じたようだ。彼女はかなり強がりな人間だが、それは自分が制御できる範囲以内でのことだ。危険を冒しているようでそうでない、危険そうな場所が危険でないことを確かめながら進む人間……私と一緒に行動するのも吸血鬼軍団と共に行動した時も”自分は安全”という確信を得てからのものだった。
だけど今は違う、今は明らかな生命の危機、噛まれれば確実に助からない吸血鬼に今襲われようとしている明確なる危機だ。
「メイ、貴方は本当に素晴らしい人だわ……貴方くらい一人の殿方に一途になれる女に私はなりたいし、そういう意味では憧れの存在よ。だけど私はこんな所で吸血鬼や半人半鬼になるわけには行かないの」
言い切った。実に正直に吸血鬼になりたくないと本音を言った。ナナは吸血鬼学者で半人半鬼に一定の理解がある。だけど自分自身は吸血鬼にもなりたくないし半人半鬼にもなりたくないという。結局の所、彼女は第三者視点であって当事者ではなかった。
「私だって人間、というより生命だもの……当然、身に危険があれば保身に入るわ」
「ならば私は生命として自分の種を反映させるために尽くすわ」
ここでナナは遂に回レ右、そして右足を前に差し出した。以降、二歩目と三歩目まで歩き、六歩までを早足となり七歩目で遂に全力疾走となった。
私は特に迷いもなくナナを追いかけようとした。私もナナに習って回レ右、そして右足を差し出した所でメイに呼び止められた。
「ハン、貴方は私と同じ半人半鬼よね?だったら私と行きましょう?」
誘われた、どうするべきか……答えは決まっていない。確かに私は半人半鬼だし、それによって不利益を被ったこともある。私より先輩であるメイだったら、その量は更に上だろう。同胞、という意味では私はメイについて行くべきなのかもしれない、決してメイのやり方が間違っているとは言わない……メイがそれを決断するだけの材料が揃っていたのも理解はできる。だけどメイがやろうとしている事は私の考えていることとは違うような気がする。私自身が今、そしてこれからどうするべきなのかは全くわからないがメイとは違うと思う……
「ごめんなさい、確かに私は半人半鬼ですが私の考えている事とは少しだけ違うようです」
目を合わせないまま、それだけを言った。本当にそれだけを言って私は逃げるようにその場から立ち去った。




