略奪計画
昨日は私の十五年の人生の中で最も遅い時間に眠った。朝、というよりももう昼間に近い時間になってしまったが起きた。寝床のテントは実を言うとフォンが用意してくれた。もともとフォン用とメイ用の二つのテントがあったらしいがそのうち片方を貸してくれた。メイは夜型の半人半鬼だから遠慮なく使えと……
「ああああああああ!!」
強大な絶叫のせいで私の右耳が潰れた。絶叫自体は一瞬だったのだろうが未だに脳内で木霊している。絶叫の主は同じテントで眠っていたナナだった。朝……というか昼だが寝起きにも関わらず実に騒がしい、騒がしいったらありゃしない……本当に何があったのだろうか?
「リュックよ私のリュックサック!私のリュックサックがないわ!通りで自前のテントで寝ていないと思ったら荷物が丸ごとない!」
そういえば彼女はその小さな体が隠れてしまうほどのリュックサックを背負っていた。そんなリュックサックだが今は彼女の手元にない、あれだけ大きなリュックだから見失うはずはないのだが一体どこに消えてしまったのか……
「思い出したわ……オウファのあの木よ!」
オウファのあの木、吸血鬼軍団を見つけるために登ったあの木だ。ちなみに私は高所恐怖症なので当時のことを全く覚えていない、だけど間違いなく言えるのはあの大きなリュックを背負ったまま木登りなど出来ないという事だ。当然ナナはリュックを地面に下ろしてから木登りをするわけだが……そのあと彼女が背負ったのは愛用のリュックサックではなく高いところに登って腰を抜かした私だった。
「あなたを背負ったせいですっかり忘れたじゃないもう!」
確かにあの時は吸血鬼軍団を追いかけたり私を背負ったりして非常にバタバタしていた。高所恐怖症であることを早めに言わなかった私にも落ち度はあるかもしれない、だけどだからと言ってすべての責任を私に押し付けるのは勘弁して欲しい。
「取りに戻るのは面倒ねぇ……代わりに取ってきてくれないかしら?」
「無理です。あんな重いものなんか背負ったら潰れてしまいます」
それ以前に持ち上がるかどうかが不安だ。あの大きさのリュックサックにギッチリだ。持ち上げようとしたところでビクともしないだろう、だけどそんな最重量級を彼女は平然と背負い続けていたわけだが……
「取りに行ってくるわ……」
彼女はトボトボとテントから出て行った。彼女が入口を明けたのでもうすっかり登りきってしまった太陽の光がテント内に入り込んでくる。眩しくて片目を閉じた。
テントから外に出てみると既にフォンが起きており缶詰に入ったスープを頂いていた。手には軍手をしている。足元にはキャンプ用のガスコンロ、火は消えていたが熱気は感じられた。
「朝からあの女は騒がしいな……」
「あの人は二十四時間フルで騒がしいです」
「食べるか?」
差し出されたのは缶詰、そして手袋だった。缶詰を缶ごと火にかけたらしくこのまま持つと火傷する。中身はフォンのものとは違い魚の煮付けだった。手袋をはめて一口頂いてみると保存用の食料とは思えないほどに美味しかった。私はあんまり缶詰の食事を食べたことがない、だから美味しさに驚いた。缶詰ってここまで美味しいんだと……
「メイさんは?」
「彼女は夜型だからね。今は眠っているよ、昼間は彼女にとっての就寝時間だ」
フォンが眠っていたテント、あの中にメイはいるようだ。姿が見えないのはメイだけではない、あの吸血鬼軍団も今は姿を見せていない……だけどここは深い森の中だ。日差しを避けた場所で眠っているのだろう。
「日が落ちたら吸血鬼たちと一緒に移動する。場所はサンコ村だ」
ちょうど食べ終わったのかフォンは持っていた缶詰を足元に置き、そしてガスコンロに火をつけた。その上には少し小さめのポット、中身は香りから察するにコーヒーだ。私はコーヒーは飲まない、だから誘われても遠慮しよう。
「サンコ村、漁村ですね。魚でも食べたくなったのですか?」
「いや、食料が目的ではない。目的は……」
途中まで言いかけたところだったがここで丁度ナナが例のリュックサックを背負って帰ってきた。どうやら無事に回収できたらしい、盗まれたとか消えたとかの騒ぎにならなくてよかった。
「あらハンったら美味しそうなものを頂いているじゃない」
やたら重たそうな姿で帰ってきたと思ったら今度は涎をキラつかせていた。
「お前、そんなもの背負ってきたのかよ……」
「そんなことより私にも何かくれるかしら?」
唖然と口をポカンと開けた状態のままフォンは温めておいた缶詰と手袋を取り出した。そしてナナはよっぽどお腹が空いていたのだろうか?手袋を使わずに温まった缶詰を手にとった。あぁ、これはダメだ。ダメに決まっている。私は耳を塞いだ。
「あっつううううううううう!!」
おう、見事に予想通りのリアクション……幸いだったのは温めてから時間が経っていたので火傷には至らなかった事だ。そして彼女が缶詰をまだ開けていなかったのも幸いだ。中身をひっくり返すという災難にはならなかった。
「本当に騒がしい女だな……」
私もこれには笑うしかなかった。
「それでフォンさん、サンコには何をしに行くんですか?」
「まぁ……略奪だな。俺やメイにとってはいつもとやっていること。平常運転だ」
ちなみにナナが食べている中身はパンだった。最近はなんでも缶詰の中に入ってしまう時代なのだろうか?パンの缶詰は初めて見た。当然、私は食べたことがないわけだし当然、味が気になるわけだがナナの表情を見る限り美味しそうだ。
「オウファでは人員を補給したが今回はワクチンを補給だ」
「ワクチン?あんたワクチンが欲しいの?」
ナナ若干、喉を詰まらせ気味に質問、質問をするのはいいとして何故口の中の物を無くしてから喋らないのだろうか?
「ゲッホ!あんた半人半鬼じゃない、ワクチンを何に使うのさ?……ゲッホゲホ!」
ほら、喋るから蒸せる。ナナがゲホゲホ蒸せているところはともかく、確かに半人半鬼にワクチンを使う用途が思い当たらない、どちらかというとワクチンを使ったけどダメだったパターンではないだろうか?
「俺には必要なんだ。おい、アンタは吸血鬼学者だろ?分からないのか?」
フォンがナナを気に入っていないのは分かっている。だけどだからといって彼女を挑発するのは……良くないと思う。具体的に何が良くないのかというと彼女を怒らせると何かと面倒なことなりそうな気がするからだ。
「わ、悪かったわねぇ吸血鬼学者なのに分からないで!半人半鬼は結構珍しいのよ、私だってアンタとメイ、そしてハンを除けばあと一人しか見たことないわ。だから是非、是非ともアンタには私の興味と知識を深めるために……」
「わかった!わかった!了解したから一回、口を閉じろ!」
あぁやっぱりこの展開に発展する。ナナの性格のことを考えれば挑発したら間に受けることなど分かるはずなのにフォンもフォンだ。彼もまたストレートすぎる。
「俺はワクチンを定期的に打たないとダメになる」
ダメになる?それは一体何のことだろうか?
「だんだん自分が自分で無くなっていくような……そんな感覚だ。どんどんどんどん自分の意識が薄れていって別の何かが入り込んでくる。吸血鬼用のワクチンを打てば収まるんだ。昔は一ヶ月に一度程度で大丈夫だったが今は週一で打たないとダメなようだ」
自分が自分で無くなる。そう言われても私には想像できなかった。フォンの難しそうな表情を見る限り彼自身もなんと表現したらいいか分からない様子だ。ただ唯一の事実、ワクチンを打てばそれが収まるということだ。
「まさかゆっくりとだけど吸血鬼化している……」
吸血鬼化の原因になる寄生虫、それが脳に入り込むから吸血鬼は昔の記憶がなくなる。半人半鬼は何らかの要因で脳まで寄生虫が達しなかったから意識があるんだとナナは以前言っていた。だけどフォンの場合はゆっくりと脳に入り込んでいる。放置すれば彼は本当に吸血鬼になってしまうだろう……自分が何時、自分で無くなってしまうのか?そのタイムリミットが近づいてくる恐怖、それは単純に吸血鬼になるよりも苦しいことではないだろうか?
「ウィルスや細菌は絶えず進化する。今まで聞いていた薬が効かなくなることもある。それと同じことが寄生虫にも起こっているとすると……」
「フォン、ワクチンを打つのはいいけど感覚はなるべく開けることね」
ワクチンが効かない寄生虫、恐ろしい事になる。昔は月に一度ですんだワクチンも今は週に一度、感覚が短くなっているのだ。いずれ彼は一日に一回打たなければならない……という日も来るだろう。だけど彼の今の居場所ではワクチンをそんなに大量に、しかも安定して手に入れる事は不可能だ。
そんな状態を回避する唯一の方法、それは“なるべくその時が来るのを遅らせる”それだけだ。もちろんこれは根本的な解決にはならない、ただの時間稼ぎにしかならない無駄なあがきだ。だけど彼はまだ吸血鬼ではない、だからせめて一秒でもその時が長くなるように私は祈った。そして少しでも協力できないかと考えた。
フォンは私を半人半鬼にさせた張本人だ。私はこの姿で全て失った。なんて不幸なのだろうか、そう思ったりしたけど下には下がいるんだ。そう、彼のように……
「そういう訳だ。確かにワクチンを打つ間隔は開けないといけないがワクチンの在庫がもう少ない、サンコ村には悪いがワクチンを頂戴する。俺もまだ吸血鬼にはなりたくないのでね」
サンコ村への吸血鬼襲撃、目的はリーダーの為にワクチンを入手することだ。襲撃からの略奪行為、私は生まれて初めて犯罪というものに手を染める。それも誰がどう見たって弁護のしようのない大規模なものだ。
フォンも、そして今は眠っているメイも村を襲撃することはこれが初めてというわけではない、私から見ればベテランだ。多分私は足でまといになりかねない、それに吸血鬼を村に放つことで自分と同じような境遇の人を増やしてしまうのでないだろうか?ワクチンが間に合わずに吸血鬼になってしまうのではないだろうか?それを考えると怖くなってしまった。多分この恐怖心、最初はフォンにもメイにもあったはずだ。だけど今、フォンの顔を見る限りそんな素振りはない、彼にとっては何時もの仕事なのだろう……私もいずれそうなることになる。だけどもう止められない、それでしか生きるすべがないから……私は悪になる。




