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第66話 見えない風の先で(芽吹月十五日・午前/姫様視点)

 朝の光はやわらかく、けれどどこか落ち着きがなかった。


 私は城を出て、小型馬車で王都の一角へ向かっていた。  この外出は、政務には記されていない“私的な用事”。


 けれど、どうしてもこの目で確かめたかった。  ──私たちの現在が、どれほどの“ざわめき”を生んでいるのか。


 窓の外、街並みはどこかよそよそしく感じた。



 馬車が止まったのは、宮廷から少し離れた貴族街のはずれ。  訪ねた先は、私の幼い頃からの教育係──元重役で、今は隠居している女性の館だった。


 「殿下……こんな朝に。おひとりで?」


 「ひとりだからこそ、お話したくて」


 通された応接間で、ふたりきり。  私は紅茶を受け取ると、すぐに切り出した。


 「……私のこと。最近、何か言われているのをご存知ですか?」


 「ええ、もちろん。お耳に届いていないと思っていたけれど……」


 「聞いています。ただ、あえて確かめには行かなかっただけ」


 彼女──レミエール女史は、ゆっくりと頷いた。


 「“感情に流されすぎた若き令嬢”、と。そんな言葉も、出回っております」


 「付き人の子のことで、でしょうね」


 「殿下がなぜ彼女をそばに置くのか、理解できない者は少なくないのです」


 私は手の中のカップに力を込めた。


 「……でも、彼女を選んだことは、私にとって間違いではなかった」


 「それが“政治的に賢い選択か”と問われれば──」


 「それでも。私は、あの子に支えられて、変わってこれたの」


 しばらく、静かな沈黙が部屋を包んだ。


 女史は目を閉じたまま、やがてゆっくりと口を開いた。


 「……殿下、覚えておいでですか? 十歳のころ、“小さな鳥”を逃がしたこと」


 「……ええ。籠の中から出して、外へ」


 「“自由にさせたくて”そうしたと、あなたは言いました。けれど、鳥は戻りませんでした」


 「……そうですね」


 「愛するなら、守るだけでなく、導く力も必要なのです。アイリス殿下は、まだ若い。けれど、今のままでは──」


 私は、その言葉を遮るように、真っ直ぐに彼女を見た。


 「……導けるように、なります。必ず」


 その一言に、レミエール女史は微かに微笑んだ。


 「ならば、心してお進みなさい。王女であり、一人の人間として」


 私は深く頷いた。



 帰りの馬車の中。


 窓の外の景色は変わらないのに、胸の内は少しだけ晴れていた。


 ──きっと、伝わる。  アイリスになら。


 彼女がこの朝の紅茶に込めてくれた名が、“誓いの朝”だったこと。  私は、ずっと覚えている。


 約束は、言葉だけではなく。  心に結ぶものなのだと、改めて思い知った日だった。




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