第61話 外堀まで埋められていたローザ
「すごい人を紹介されてしまったわ」
翌日の昼休み、ランチを一緒にしながら、笑いが止まらないアイリーンを相手に、かなり混乱した様子でローザは話していた。
アレク殿下との婚約は、内々ですでに両親にも連絡がいっていると聞かされて、ローザはびっくりした。外堀まで埋められていた。
「それで両親から連絡が来なかったのね?」
「そうらしいわ。ローザに話してはいけないので、連絡を取ってはならないと命令が出ていたのだそうよ」
ケネスの心情を知るアレク一味のくっつけ隊は、ローザがケネスにほだされることを心配したらしい。ケネスとローザの家は親しい。
「ねえ、ローザ、今どんな気持ち? あなたはアレク様を好きだったのでしょう?」
アイリーンはいたずらっぽく微笑んだ。ローザは正直に答えた。
「どんなに好きでも、あきらめなきゃいけないと思っていたの。夢がかなったようだわ。ちょっと怖いくらい」
「何を話し込んでいるんだ?」
アレク殿下が食堂へ入って来て、あっという間にローザのところへやって来た。
急に近寄らないで欲しい。なんだか恥ずかしくてちょっと顔を見れない。ローザは思った。でも、恋人はしつこく顔をのぞき込んでくる。それに……
近くでランチをしていた全員が、アレクに気が付いて、急に話を止めて注目し始めた。
「王太子殿下のお話を……」
そつのないアイリーンが微笑みながら答えたが、アレクはキラッキラの王太子スマイルで、近づいてきて、ローザの頬を引っ張った。
「痛い!」
「本当だ。夢じゃない!」
「アレク様、自分の頬でやってください!」
アレクは自分の頬をつねった。それでも、とても嬉しそうだった。彼はちゃっかりローザの隣に座ると話しかけた。
「ローザ、今度、デートしよう」
「デ、デートでございますか?」
「ございますか?は、やめて」
「ええ?」
「前と一緒にして。その方がいい。前に贈ったスコア通りのケーキ店にカフェが出来たんだ」
絶対、側近か女官の誰かに情報収集してやって来たのだ。ローザは微笑んだ。
「殿下さえよろしければ、喜んで」
なにか偉そうに話しかけてきた王子様は、その微笑みを見た途端に崩れ去り、真っ赤になって口ごもった。
「ローザ、一緒に行ってくれるかな? あの、二人で……」
気の毒だったのは、ケネスで、彼の婚約許可は、結局出なかった。
王家が圧倒的な力でレミントン伯爵家を押し潰したのだ。これは色恋沙汰ではなかった。単なる力の争奪戦の結果だった。ローザを取り込まなければならない。
そうと知らないケネスは唇をかみしめた。どう聞いても王太子の横暴だ。
「ヴァイオレット嬢と結婚すればいいではないか。元々そのつもりだったと聞いたぞ?」
アレクは残酷なことを言った。
ローザは黙っていた。ケネスの気持ちは知っていた。
年月がかかるだろう。ローザの穴をヴァイオレットでは埋められない。アレクがもしいなくなってしまったら、ケネスを受け入れるのかと問われればそれはない。それと同じだ。
だが、ローザは知らなかったが、慰撫の手がレミントン伯爵に伸びていた。
「本人は無理でも、伯爵の理解は得たいところです」
マックスウェル卿が秘密裏に動いていた。
ルイ、オスカー、フレッドの三人は軽い気持ちでローザに近づいただけだと言うのに、もはや身分を隠そうともしなくなったアレク殿下が、あからさまに威嚇してくるので、辟易していた。
昼の時間などはローザにべったり張り付いて、見張っているのである。もはや声をかけることすら叶わなかった。アレクは、卑怯にも、王太子と言う身分を十分活用した。
「ここまで見張られていると、誰もローザに声を掛けようともしないわねえ」
ナタリーがあきれ果てたと言ったように論評した。
「王太子殿下に近づく者もいないから平穏と言えば平穏だけど」
ローザの生家の伯爵家は複雑だった。
「恐れ多くも、あのローザが王家に嫁いでもよろしいものなのでしょうか?」
伯爵夫人はうっかり本音を言ってしまった。
伯爵家への公式なお使いは、ローザの教育係を兼ねる予定の、見るからにしっかり者の女官だった。表情の読めない女官は言った。
「ローザ様のご教育は、お任せくださいませ」
ヴァイオレットが口をはさんだ。
「不束かな姉をよろしくお願い申し上げます。思えば、妹の私の方がまだ整っていると思うくらいですが、殿下とお目にかかる機会がなくて」(私の方が美人よ!)
「ヴァイオレット様におかれましては、恐れ多くも殿下の義妹に当たられることとなります。今後、お目通りが叶うことと存じます」(後で会えるんだからお黙んなさい)
「その前に姉と殿下に一度お会いする機会を設けていただき、心からお祝い申し上げたいですわ」(婚約の前に姉より美人の私を見て、考え直して欲しいもんだわ)
ヴァイオレットは、自慢の華やかなブロンドの頭を振り立てて迫った。
「婚約式の際にはお目にかかれましょう」(婚約式が済んでからしかダメです)
女官は優雅に礼をして応えた。スルー力は半端ではない。
お使いが帰ってから、ヴァイオレットは爪を噛んでいた。
「それじゃ、遅いのよ! あんなぼんやりの姉なんかより、私の方がずっと美人だし、しっかり者よ。一目見さえすればわかるはずよ!」
「だが、ヴァイオレット、ローザは膨大な魔法力の持ち主だったのだ。それで、王家が……」
伯爵が言った。
「なら、王妃にする必要なんかないわ! 魔法力だけ使えばいいじゃない。どこかに閉じ込めときゃいいのよ」
レオ殿下とアリスが聞いたらタダでは済まない感じである。
「ダメよ。ヴァイオレット。魔法力では比較にならないと思うわ。それより、あなたにもこれで運が向いて来たと思いなさい。実姉が王妃になるのですよ」
古くからの使用人、ユーリナとジョンは勝手に納得していた。
「さすがはローザお嬢様! 破格の良縁ですわい! やっぱり美人はお得ですなあ」
ユーリアの方はこっそりエプロンの縁で涙を拭いていた。
「ジョン! 美人だからだけじゃないと思いますよ」
ユーリアは言った。
「ヴァイオレット様は、ローザ様をバカにしてらしたけど、ローザ様は別にボンヤリじゃなかった。地味だけどね! 王太子殿下は見る目のある方だこと!」




