第62話 結婚式
三ヶ月後、王弟殿下の結婚式で、王太子殿下の婚約は発表された。
輝くアッシュブロンドの気品に溢れる王太子の婚約者に参列者は圧倒された。
花嫁と被らないよう薄い青紫色の光沢のある衣装に身を包んだローザは、王家の側の席につき、その身分はもう確定されていた。
末席からその様子を窺い見るしかなかったヴァイオレットは不満そうだったが、両親は黙りこんだ。
「ヴァイオレットには無理だ」
王太子と婚約者が立ち上がり、叔父である王弟殿下夫妻を祝うための魔法を放ったのだ。
教会中に、王太子殿下が大盤振る舞いした、数限りない白の花びらが、ゆっくりひらひらと天から舞い降りた。花びらは、床ではなく人々の頭や指先に落ち消えたが、その瞬間、ぽっと光と熱を放ち、じんわりと幸せな思いが広がった。ローザの魔法だ。
『貫き通した真実の愛と、人を愛するその暖かさを』
人々はうっとりした。
それから数年たって、王太子が結婚する前、白の魔女と黒の騎士の物語は実話だったと、まことしやかに伝えられた。
白の魔女とは王太子妃ローザで、黒の騎士は王太子アレク。
再び人気となったが、本人たちを含めて真実を知る者は憮然としていた。
「あれが本当だと思われたら恥ずかしい」(ローザ)
「アレク様の素のままでは、人気が出ませんから」(エドワード)
「俺はあんなこと言わない。ひざまずいたりしない」(アレク)
「でも、黒の騎士はかっこいいわ」(アリスとアイリーン)
アリスとアイリーンとローザが3回もこっそり見に行ったのは内緒だ。
二人は今は大人で、アレクはさらに背が伸びて、今ではローザより頭ひとつ分大きかった。
彼は、すっかり広くなった背中で、ローザを守るように包んだ。それだけで、心がぽっと暖かくなる。
「お妃教育が大変でした。アレク様」
「いや、真剣に勉強してたのは意外だった」
ローザが勉強しているところをこっそりのぞきに行ったことがある。心配だったからだ。
だが、ちょっと驚いた。
魔法学で寝ていたところしか見たことがなかったのだが、真面目にやっていた。それも相当高度な地理や歴史まで。しまいには難関の女官試験に合格したナタリーと互角になったくらいだ。
「貴族の家系図や歴史、領土問題は重要ね。語学はある程度は心を読めばどうにかなるし、礼儀作法も好感情を抱かせればいいのだけど」
何か恐ろしいことを言いだした。魔女、怖い。
余計なことを教えたのは先輩魔女のアリス殿下だろう。二人は仲がいい。
「でも、俺には効かないぞ?」
そう。黒の魔力の持ち主、アレクは鉄壁の鈍感力の持ち主。白の魔女の魔法が効かない。
心も読めないし、恋心を抱かせることもできない。
「努力しかないし、ズルをする自分なんか好きになれないだろ? 自分を好きになれないやつは人にも好きになってもらえないぞ?」
だが、ズルの効かないこの人の愛は本物。
「ローザ、愛しているよ」
アレクは言った。
アレクは超絶鈍感力の持ち主。言葉にしない限り伝わらない。
「アレク様、私も」
王弟殿下夫妻と同じ聖堂で式を挙げた時、彼らは自分自身を祝した。
正装した花婿と柔らかな白の衣装のたおやかな花嫁は、それは美しかった。
花嫁花婿が目と目を見かわし、微笑んで二人で頭上を見上げると、天井からはらはらと花びらが舞い降り始めた。
静かに舞い落ちる、光を放つような純白の花びらたち。
大勢の参列者はどよめいた。
いくつかの花びらは、聖堂の外で祝賀パレードを待ち構えていた群衆にも降りそそいだ。
「神の恩寵だ」
「神も嘉し給う結婚だ」
でも、今度は、心を操らないただの花びら。指先で触れると、すっと消えてしまうだけ。
「いいの。人の心を操る力なんて使わない方がいい。もし、この国を守らなくてはならない時、人々を助けなくてはならなくなった時は、私の力を使いましょう。私はそのためにあなたと結婚したのだから」
「違うよ」
アレクは答えた。
「私が望んだからだ。力を持つ者に義務は生じるだろう。だが、結婚は違うよ。ただ、あなたがいとしいだけだ。叔父上と同じだ。いなくなっても絶対見つける」
叔父のレオ殿下夫妻は、もちろん参加していた。
彼らは二歳になろうとする幼い子どもを連れていた。
レオ殿下は間に合ったのだ。
20年の年月は長かった。
だが、殿下はあきらめずに探し続けた。そして見つけた。
アレクとローザを急がせたのは、彼らの実力が十分だと踏んだほかに、一刻も早くアリスに会いたかったから。そして、年を取りすぎてしまう前だったので、彼らには幸運が訪れたのだった。
「ローズ・アレクサンドラ」
子どもは若い二人に名付け親になってもらい、そのまま名前をもらった。
愛する人に巡り合い、引き割かれ、それでもまた探し続けてやっと見つけて一緒に人生を歩いて行く。
「でも、いなくならないで。ずっとそばにいて。幸せは路傍の石って言ってたね。一緒にいるだけだ。それだけで幸せだ」
ローザは夫になった人を見つめ、その胸に頭を持たせかけた。
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