来々世
「君、最近やべー顔してるけど大丈夫かい?」
大賢者が言う。
僕は自分の頬に触れる。少し痩せたかもしれない。
「あんまり深く考えるなよ。君は邪神の復活を止めてるんだ。人類的にはオールオッケー。君の活躍で世界は救われた。君は英雄だ。そうだ、そろそろ身を固めることを考えたらどうだ。あれから六十年、君はもう八十近くだろ。所帯を持ってないほうがどうかしてるぜ。不老だから見目は二十代のままだし、引く手数多だろうに」
「そういうおまえは幾つなんだよ」
大賢者は左上に視線をやる。指を折り数える。
「一、ニ、三……、六百……、うーんと、や、わ、私のことはどうでもいいだろ!?」
こいつ何歳なんだろう? 僕は俄然気になってくる。
六百年といえばこのカルカダル王国の建国がそれくらいらしいけれどそれよりも前から生きているのだろうか。
「それより邪神だ! また復活しそうなんだろう? なんだったら私が一緒にいってやっても」
僕は丁重にお断りした。
邪神の元へ向かう。
そこは神殿だった。
「来たな! 悪魔の騎士め!」
鎧兜に身を包んだ屈強な騎士団が僕を取り囲んだ。僕の体を槍で貫く。血が流れる。でも僕は“不滅”の勇者だ。不死性を有している。だから邪神以外によって殺されることはない。
「悪魔の騎士?」
僕は槍が刺さったまま尋ねた。彼らが言うには僕は「破邪神」様が復活するのを阻止する悪しき騎士らしい。破邪神は人間を殺すが、それは人間に対する正しい罰であって誤った人間だけを殺すのだそうだ。正しい人間は破邪神によって殺されることはないらしい。
僕は失笑した。
かつて八十二の国々が邪神によって滅びた。七億にも上る人間が邪神に殺された。正しいも誤りもなかった。人間はたった六十年でそんなことも忘れてしまうのだろうか。
邪神は土地を呪う。邪神の通った土地は邪神を崇拝する怪物が生まれるようになる。他の生物が生存できない魔界と化す。邪払いの能力を持つミコトと、その能力を増大させる力を持つイスナが必死に元の清らかな土地へと世界を戻していった。
彼ら風にいうならば「すべてを誤まりに変える力」を持っているのが邪神だ。
あまりにも現実が見えていない彼らが煩わしかったので、僕は彼らを無視して邪神の元へ向かった。
封印の施された扉をこじ開けると、やはりミコトと同じ顔をした女がいた。
「来ましたね、悪魔の騎士」
きっ、と鋭い目で僕を睨みつける。
出会ったころのミコトがこんな感じだったと僕は懐かしく思う。
「邪神」
「破邪神の巫女です。マリナと言います。なぜあなたは破邪神を滅ぼすのですか。破邪神が復活すればすべての誤りは正されます。現王政が、多くの人間を奴隷として用い、税は重く市民は苦しみ、一部の特権階級だけが富を貪る、いまのカルカダル王国が正しいとお思いですか」
僕は邪神がマリナ達の思っているようなものではないことを伝えた。
あれはただ無分別で無目的な破滅の嵐だ。
「なぜあなたにそんなことがわかるのですか。教典も持たないような輩が、まるで知ったようなことを」
「わかるよ」
僕は言った。
「だって僕は邪神を見たから。邪神と戦ったから」
当然の事実に、彼女は息を呑んだ。
「そもそもその教典って誰が書いたの? 多分僕とミコト以上に邪神について知っている人はいないと思うよ。だって僕らは邪神を倒すために世界中を旅して知識を集めたんだから」
文献によると、カルカダル王国の初代王――“封印”の勇者だ――に倒されていまの邪神は魂だけの存在らしい。だから誰かしらの肉体を依り代にして復活するのだそうだ。
大賢者ですら僕らの集めた文献には舌を巻いたものだ。
ふと僕は思いつく。
「ああ、きっと現王に不満のある輩が王政を打倒するために邪神を利用しようと考えたんだね」
「そんな、それでは、私は」
「騙されてたんだ」
僕は剣を抜いた。
「嫌よ。死にたくない。助けて」
「できない。君を放置したら邪神が復活してしまう。君一人のために世界を犠牲にすることはできない」
「ヤ、ヤぁよ。だって私、まだ十五歳なのよ。恋もしたいし、美味しいものも食べたいし、旅もしたいわ。お願い。助けてよ」
「できないよ」
僕はマリナを斬り殺した。
つんざくような悲鳴が耳に残った。
ミコトと同じ声だった。




