現世
ふぁっきゅー、せかい。
僕とミコトは邪神を倒した。
犠牲は小さくなかった。魔法使いイスナと武闘家のフウメイが事切れている。達成感のようなものはまるでない。やっと終わったんだ、という虚無感だけがある。
――よくぞ私を打ち倒した。
どこからともなく邪神の声が聞こえた。もう慌てはしなかった。それが消える間際の残留思念に過ぎない、弱弱しいものだと思ったからだ。だけど違った。ミコトの心臓が紫色のあやしい光を放つ。
――光が滅せぬ限り、闇もまた不滅なのだ。俺はこの女の魂に乗って幾度となく復活する。止めたくばこの女を殺すがいい。幾度俺が転生しても、その都度この女を殺すがいい。さらばだ、“不滅”の勇者。おまえの苦悩の顔を見続けることで留飲を下ろすとしよう。
ミコトが愕然として僕を見る。
「往生際の悪い邪神のあがきさ。全部嘘っぱちだよ。さぁ、帰ろう。ミコト」
僕は不安を振り払うために言った。
僕とミコトは王国に帰り、邪神の言葉が嘘ではなかったことを知る。
ミコトの魂には邪神が宿っていた。このままでは時を経て復活するという。
「厄介なことにね、もしもミコトちゃんが自死を選んだらその瞬間にミコトちゃんの死体と周囲のものを全部取り込んで邪神は復活する。そも邪神の不死性を断ち切れるのは邪神自身を除けば勇者くんだけだ」
大賢者のお墨付きだった。
僕とミコトは散々に話し合った。
僕は泣いた。
ミコトは笑った。
僕の頬を軽くはたく。「しっかりしなさい」と言う。
「いいよ、殺して、何度でも私を殺して」
ミコトは両手を広げる。僕は剣を握る。手が震えていて、落としそうになる。
「どうしてそんな風に笑えるんだ」
僕は言う。
「だってさ。次の人生でもその次でもそのまた次でも、あなたに逢えるんでしょう? 逢いにきてくれるんでしょう? それってきっと素敵だわ」
僕は“不滅”の勇者だ。この身は不死性、不老性を宿している。僕の不死性を破ることができるのは僕自身と邪神だけだ。邪神が消え去ったいま、僕を殺すことは何者にもできない。
「何度でも」
ぼろぼろと泣きながら僕は言った。
「何度でも君に逢いにいくよ」
ミコトは僕に体を預けた。
僕はミコトの心臓を貫いた。