表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/33

33、新たな未来に向かって

「紫奈……。

 本当に君は早とちりばかり……。

 いや、俺がもっとしっかりしていれば良かったんだな。

 余計な心配をさせてしまったから……こんな事に……。

 でも、紫奈。

 君はやっぱり何も分かってないよ。

 俺はお金なんかいらなかったんだ。

 君さえいれば、他に何もいらなかった。

 最後の最後に愛してるなんて残酷だよ君は。

 こんなに愛してる気持ちを、俺はどこに置いておけばいいんだよ。

 残酷過ぎるよ、紫奈……」


 病室には那人さんと由人だけになっていた。

 最後の別れの時間を、まずは家族水入らずで過ごさせてあげようと三人だけにしてくれた。


 那人さんの隣りでは、由人がベッドに突っ伏したまま泣いていた。


 二人とも目を開いた私にまだ気付いてなかった。


 もう二度と会えないと思っていた二人が、すぐ側にいる。


 私の手をとって泣き言を言う那人さんが新鮮だった。

 私の前で涙も見せなければ弱音も吐いた事のない人だった。


 まだまだ知らない那人さんを、これから全部受け止めていける。




「私は死んでもダメ出しされちゃうのね」

 うつむいて手を握ったままの那人さんに、ふふっと笑って答えた。


「!!?」


 那人さんは驚いて顔を上げる。



「紫奈?」


 由人も異変に気付いて涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。


「お母さん?」



「二人があまりに泣くから、戻ってきてしまったわ」


「まさか……」

 那人さんが立ち上がる。


「紫奈……。本当に……?」


「お母さん!!」

 由人はベッドによじ登って私にすがりついた。


「夢……なのか?」

 那人さんは、まだ事態が飲み込めないようだ。


「夢じゃないわ。

 二人が私を呼んでくれたから、戻ってきたの」


「紫奈……」

 途端に那人さんの目に涙が溢れた。


「本当に私でいいの?

 那人さんには、もっと素敵な人が現れたかもしれないのよ?

 私は何をやっても失敗ばかりで完璧になんて出来ないのよ。

 これからも、きっとドジばかりで二人を困らせるわ。

 本当にこんな私で良かったの?」


「紫奈がいいんだ。

 紫奈以外は考えられないんだ。

 もう、君以外を愛せる気がしないんだ」


 そう言って那人さんは泣き崩れた。


「失敗ばかりでもドジばっかりでもいいよ。

 勉強が出来ないなら、僕がいっぱい勉強して教えてあげるから。

 だから……ひっく……僕を……置いていかないで……」


 由人は私に覆いかぶさるようにして、わああと泣いた。


 ゆっくりと血が通い始めた手を動かし、由人に触れる。

 もう手にするはずもなかった温かさ。

 再び感じられる事に、じわりと涙が涌き出る。


「うふふ。こんな素敵な家庭教師がいるんじゃ、死んでる場合じゃないわね。

 じゃあ、これからもいっぱい勉強教えてくれる?」


「うん。ぐすっ……いいよ」


 私は由人を力いっぱいに抱き締めた。


「みんなを呼んでこよう!

 みんなびっくりするよ」


 那人さんはナースボタンを押して、病室の外に走っていった。





  ◆    ◆

 


「じゃあ、会社は倒産しなくて済むの?」


「ああ。もちろん当分は厳しい経営になるだろうけど、当面の危機はなんとか回避できた」


 翌日、まだ検査入院している私を那人さんが会社帰りに見舞いにきた。


「今までみたいに贅沢はさせてやれないかもしれない。

 苦労をかけるかもしれないけど、俺の側にいてくれるか?」


 那人さんは改めて尋ねた。

 答えなど決まっている。


「那人さんと由人がいれば、何もいらないわ」


 

 那人さんはベッドに座る私に、ゆっくり顔を近付ける。



 そして……。



 ためらいがちに、優しくキスをした。


 なんだか初めてのキスのようにお互い照れくさかった。



「そ、それでその資産家のお婆さんにお礼を言いに行くの?」

 少し赤く染まる顔を俯け、尋ねる。


「あ、ああ、うん。

 漬物好きで有名らしいから、デパ地下で何か手土産を買っていこうと思うんだ」


「漬物?」


 ふと、何かがつながった気がした。



「そ、そのお婆さんって……まさかヨネって名前じゃないの?」

「ああ、そういえば夏目はヨネ婆さんって呼んでたな」



「ヨネ婆さん!!!」

 私は驚いて叫んだ。



「なんだ、紫奈、知ってるのか?」


「あは、そっか。ヨネ婆さん……」


「知り合い?」


「ううん。知り合いじゃないけど……。

 ふふふ。漬物石だけはよく知ってるの」


「漬物石?」

 那人さんは首を傾げた。


「ねえ、今度ご挨拶に行く時、私も連れていって」

「もちろんいいよ。由人も一緒に三人で行こう」

「うん!」



 次の課題まで……


 陽だまりの時間を三人一緒に……


 大切に過ごして行こう……。



……………………………



「……」

「どうやら無事元の世界に戻れたようですね」


 天井のスクリーンを見ながら、青翁は赤翁に言葉をかける。


「しばし幸福の時が訪れることだろう。

 じゃがしかし、人生の課題は一つだけではない。

 充分な活力を蓄え、また更なる課題に取り組まねばならぬ。

 それが生きるという事じゃ」


「苦労すると分かりながら、みんな懲りずに次の生を求めるのですね」


「面倒に思うかもしれぬが、苦しみもがきながら課題に取り組む先に、幸せも喜びも転がっておる。

 楽な方に逃げてはならぬ。

 わざわざ辛い道を選ぶ必要はないが、自分が正しいと思う道が険しいなら、信念を持ってその道を突き進むべきじゃ。

 正しく険しい道の先にこそ、本当の愛も幸せも落ちているのじゃ」


 黄翁が手を下ろし、スクリーンがゆっくり閉じていく。


 ようやく長い事例が終わったと、翁達が立ち上がる。




 しかし……。



 青翁がメガネの裏を読んで叫んだ。


「お待ち下さい、みなさま!

 たった今、リベンジシステムの治験者希望の問い合わせがきました」


「なんじゃ、やっと1例目が終わったばかりじゃというのに」


「どうやら芥城紫奈の成功を見て、是非にもやってみたいと望んでいるようです」


「仕方がないのう。どのような者だ」


「はい。対象者は山内康介。

 非常に愛らしい容姿に生まれついたせいで幼少時からちやほやされ、顔だけで人生を要領よく渡ってきた男のようでございます。

 すべて顔で解決出来ると思っていたのが、年齢と共にうまくいかなくなり、結婚詐欺まがいの事をやっては失敗し、やけになって薬に手を出したようでございます。

 致死量の薬を取り入れ、意識不明で間もなく病院に運ばれるようです」


「呆れたバカ者じゃのう……」




「やれやれ、次はどんな愚か者がやってくるのか……はひ」


「まったくじゃ……はひはひ」



「楽しみな事じゃのう。はひはひはひはひ……」




 翁達の忍び笑いが……厳粛な霊界中に……響き渡った……。




        完




完結です。

本当に大勢の方々に読んで頂き、心よりお礼申し上げます。

ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 斬新な設定で面白かったです。 長さもちょうど良く、スイスイ読んでしまいました。 私も数学が苦手なので、子供よりできない気持ちがよくわかります(笑) 毒親チックなお母さん、少しずつ良い関係に…
[良い点] 今までにないやり直しストーリー。 逆行するものが多いですが、やらかした所からスタートというのもいいです。 主人公が真摯に反省して、頑張る姿が健気で良かったです。 [気になる点] やっぱり康…
[良い点] タヒぬ運命の主人公が 期間限定で蘇る とても斬新でした [気になる点] クズだった康介のその後が気になるw [一言] とても面白かったです パート2も読みます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ