私と彼らの縁
ライアンさんに保護されてからの生活は穏やかなものだった。
何せ煩わしい人はやってこないし、食事などの準備をしてくれる初老のメイドさんも優しく、最低限の干渉しかしてこなかった。
これは私に気をつかっているからというのもあるけれど、単に使用人の数が少なくて私に付きっきりというわけにはいかないためらしい。
質素なお屋敷といい、もしかして貧乏なのだろうかと失礼な想像をしてしまったけれど、様子を見に来てくれたヴィルマによるとそうではないらしい。
「なんというか、シュティルフリートの人たちって、無駄なお金を使いたがらないのに無駄にお金を使うのよ」
「何それ」
お土産だというクッキーを皿に並べ、自分で紅茶を淹れたヴィルマが人差し指を立てながら言う。
意味が分からない。
無駄なお金を使いたがらないというのはライアルとライアンさんの人となりを見れば理解できる。
でもその上で無駄なお金を使うとは詐欺にでもあっているのだろうか。
「なんというか。本当に不思議な人たちなのよシュティルフリート家って。不義は許さないけど多少の迷惑は笑って流す。魔術が使えないのに魔術に詳しい。勉強家で知識も豊富なのに政治や机仕事は部下に丸投げ。代々そんな何がやりたいのか分かんない人たちが当主になってるの」
確かによく分からない人たちだ。
魔術が使えないのに魔術に詳しいというのは、ライアルの代には当てはまらなくなってるけれど。
「多分根が潔癖で糞真面目なのに、世の中はそれだけじゃ回らないって分かってるんじゃないかしら。だから贅沢するつもりはないけど貯め込んでたんじゃ経済が回らないから、仕方なくお金を使ってるんじゃない?」
「何か生き辛そうな人たちね」
それでも貴族として代々続いているということは、不思議がられながらも上手くはやっているのだろう。
ある意味ライアルが継ぐのに相応しい家系なのかもしれない。
「でも何でシルヴィアがシュティルフリート家のことを知らないの? 神父様と同じ魔王を倒した英雄の家系よ?」
「そうなの?」
それは初耳だ。
何せ神父様は当時のことを話したがらない。ご丁寧に教会にある書籍から魔王関連のものは抜き取られているほどだ。
一度何故話してくれないのかと聞いたことがあるけれど、神父様は苦笑しながら「だって恥ずかしいじゃないですか」と言っていた。
嘘なのは丸分かりだった。
だって笑いながら泣きそうになっていたから。
あのいつも笑顔な神父様の化けの皮が剥がれるほど、何かしらの悲劇が英雄譚の裏にはあったのだろう。
だから私はそれ以来二度と神父様に魔王に関することは聞かなかった。
「ついでに言えば私も神父様と一緒に魔王と戦った英雄の子孫よ!」
「うん。知ってた」
フンっと鼻息荒く胸を張るヴィルマに適当に返しておく。
ヴィルマの四代前くらいの子が「英雄の子孫なんて立場重すぎます」と涙目で相談に来たことがあるのだ。
この子たち実は自分のコピー作ってんじゃないかと思うくらい似たような性格の子ばかりな中で、一人だけネガティブで泣き虫だったのでよく覚えている。
それでも他の子たちと同じように神父様に惚れて玉砕してたけど。
「……残念なことにあの赤毛も英雄の家系よ」
「それも知ってた」
本当に残念そうに言うヴィルマ。
どうやら赤毛――ディートフリート様とは本格的にそりが合わないらしい。
女王陛下は未婚だから次の王は甥のディートフリート様が有力らしいのだけれど、魔法ギルドとの関係大丈夫なのだろうか。
というか英雄の子孫多いなあ。その辺に石を投げたら英雄の子孫に当たるのではないだろうか。
「案外石投げて当たった英雄の子孫がライアル様なんじゃない? いくら神父様でも無関係の子供を養子に勧めたりはしないだろうし」
「そんなまさか」
とはいいつつも、神父様なら遠縁の親戚なりなんなり見つけて来てもおかしくはなさそうだと思う。
同じ英雄――戦友の子孫のことは把握しているのかもしれないし。
神父様が帰ってきたらライアルについてもっと詳しく聞いてみよう。
特に意味はないけれど。まあ興味本位で。
そのライアルが怪物との戦いで重傷を負ったという知らせが届いたのは次の日だった。