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レモンの砂糖づけ  作者: 麦子
18/18

すきをたべる

付き合って二週間ぐらいのふたり。ちょっとした後日談。

食べてもいい?ってきみがはにかむ。全身にお砂糖を塗されたわたしは、おいしくないよってきみとおんなじようにはにかむのだ。






「何食べてんの?」



学食の夏限定メニューの冷やし中華をゆっくり時間をかけて食べていたわたし。そして、向かいの席にはいつの間にか頬杖をついて楽しそうに笑っている坂田くんがいた。食べるのに夢中で気が付かなかった!急に体内温度が上がったような気がしてセルフサービスのお水をがぶ飲みして誤魔化した。彼の柔らかな茶髪が一度俯いて、肩を震わせている。なぜか笑われてしまった。



「春ちゃんってうまそうに食べるよな」

「そ、そうかな?」

「うん」

「…」

「…」

「…あの」

「ん?」

「な、なんだか坂田くんに見られると恥ずかしくて食べにくいのですが…」

「ふうん?……。」

「…うっ」

「ん?どうしたの?食べないの?」

「えーと…あ!坂田くんは食べないの?」

「俺はさっき食ったからいいの」

「そ、そっか」

「うん」

「…うぅっ」



そうやってまた、にこにこと笑いかけてくる坂田くんの口元がオモシロオカシク歪む。坂田くんって、たまに意地悪だ。

坂田くんの視線に耐えられなくてお皿を持ったまま後ろを向いた。「ぶふっ」…坂田くんが吹き出したのが背中ごしで分かったので、振り向いてちょっと睨んでみる。ごめん、と身を乗り出して髪の毛が乱れない程度に頭を撫でてくるから、なんだか怒れなくて笑ってしまった。



「うわー、ただでさえ暑いのにさらに暑苦しい現場に出くわしちまった」

「慧くん、こんにちは!」

「おっす。春ちゃんは今日も食欲が旺盛なようで」

「…な、夏バテ対策だもん」

「へーえ?そりゃ、すげーや」

「(いじめっ子…)」



神出鬼没のいじめっ子王子様の登場で、自然と坂田くんの視界からわたしはいなくなるわけで。視線が逸れたとたんに、なんだか勿体ないような、さびしいような気持ちになるのはなんでだろう。頭の上から、離れていった坂田くんの手のひらを追っかけるように見つめてしまうのはどうして?…ああ、また。喉があつい。心臓がギューッてなった。



「坂田は坂田で春ちゃん見つけるとすぐ走っていっちまうしな」

「俺は一途なんですぅー」

「はいはい。んで、春ちゃん何食ってんすか?」

「え!?あっ、ひっ冷やし中華だよ!」

「あ、いいなーうまそう」

「つーか、お前はなんで当たり前のように春ちゃんの隣に座ってんだよ!どっか行け、しっしっ!」

「やだ。あ、春ちゃんその煮卵ちょーだい」

「え!だ、だめ!」

「ケチー」

「……」



次に背中を見せてそっぽを向いたのはわたしではなく坂田くんだった。でも、さっきのわたしが恥ずかしくてそっぽを向いたのとは、また別の理由みたい。慧くんと煮卵の取り合いをしていた手を中断して、少し丸まった背中を見つめる。その隙に、慧くんがわたしのお箸に刺さったままになっていた煮卵を一口で横取りしていた。



「坂田くん?」

「……」

「ん?もしかして坂田も煮卵食べたかった?残念ながら煮卵はもう俺の腹の中だけどねー?」

「慧くん…わたしの煮卵なんだけど…」

「あんまし細かいことばっか気にしてっと、ハゲるぜ?」

「ハ…」

「…煮卵はどうでもいいから春ちゃん寄越せ」

「え」

「えー?なんでですかー。春ちゃんは別に坂田のモンじゃないだろー?」

「俺のだよ」



オオーーッと抑揚のない声を出してから、ひゅうっと軽く口笛を鳴らしたのは、慧くん。坂田くんからの不意打ちの一撃に、面食らうのは、わたし。身体のど真ん中に、キュンと刺さる甘い痛みに苦しめられながらも、なんとか椅子から落っこちることは阻止できた。

慧くんが、くるんとわたしの方へ身体を傾けて、お得意王子様スマイルを見せ付けてくる。



「…だそうですけど?春ちゃん?どうする?」

「…!…え!?」



明らかにこの状況を楽しんでいる慧くんと、下唇を尖らせてオモチャを取り上げられたこどもみたいな表情をしている坂田くんを交互に見る。「…んだよ、野上ばっかり…」そう呟いた坂田くんのふわふわしたキャラメル色の髪を、身を乗り出して撫でてみた。ぴくりと坂田くんの肩が揺れる。


「よしよし」

「…春ちゃん、俺ガキじゃないんだけど」

「うん、分かってるけど…なんとなく」

「……」

「坂田くんの髪の毛って意外とふわふわしてるよねえ。なんかわたあめみたいで、おいしそう」

「食べてみる?」

「え?あはは」



不機嫌そうにしていた坂田くんのかおが、次の瞬間には笑顔に戻っていた。それがうれしくて、声を出して笑うと加減された力で頬っぺたをつねられた。擽ったくて、余計に口元がだらしなくゆるむ。

となりから、重ーい溜め息が聞こえた。いつの間にかテーブルに上半身をうつ伏せになっていた慧くんが、力なく顔を上げていた。両手で顔を覆い、なぜかげんなりとしている。



「慧くん?どうしたの?」

「いやさー、ちょっとした暇つぶしに、付き合いたてのほやほやバカップルの冷やかしに来ただけだったのに。…まさか、返り討ちにされるとはねー…」

「暇つぶしで邪魔しに来んなよ!」

「大丈夫!?慧くん、具合悪いの?」

「いや、もうほんと勘弁して。ふたりで勝手にらぶらぶしてて。さすがの俺も限界。ごちそーさまでした、さよーなら」



胸焼けしてきた、と最後に言い残していった慧くんの背中はなんだかふらふらしていて、力尽きているようにも見えた。お昼ご飯、気持ち悪くなるくらいたらふく食べちゃったのだろうか。あの慧くんを満腹にさせたものってどんなものなんだろう。ふむふむ。うんうん。はてさて。



「甘いものが食べたい…」

「えっ、いきなりなんで?」



隣から飛んできた坂田くんの的確な突っ込みのおかげで、無限ループの罠からやっと目が覚めた。…あれ、隣から?いつの間にか、向かい側に座っていたはずの坂田くんがわたしの左隣に移動していた。さっきまで慧くんが座っていた場所だ。



「春ちゃんすげえね。まだお腹空いてんの?」

「……食い意地の張ったひとりごとです、気にしないでください」

「ぶはっ、ひとりごとだったんだ?」

「…へへっ」



色気のないつぶやきも、くだらないことでも、隣にいる彼はいつだって笑い飛ばしてくれる。わたしも、もういいかって笑っちゃう。だめだよ、わたしのことそんなに甘やかしちゃ。



「んー、じゃあさ、今度食べに行こっか」

「なにを?」

「甘いもの」

「ふたりで?」

「うん」

「1日いっしょ?」

「うん」

「デートだね!」

「う、うん」

「やったあ、うれしいなあ」

「……」



跳びはねちゃいそうなほどうれしくなって、恥ずかしさも忘れて坂田くんの手を握ると、目の前の彼が途端に顔を真っ赤にさせて唸るような声をだした。そのままゆっくりと近づいてきた坂田くんに、すぐに恥じらいを思い出すわたし。



「春ちゃん、だめ。これ以上俺のこと、甘やかしちゃだめ」



わたしの肩に額をこつんと預けた坂田くんの口から溜め息といっしょにこぼれたことば。わたしが思っていたのと同じことを、坂田くんが言った。ああ、なんだ。お互い様だったんだね。それならもう、いいや。坂田くんとおんなじきもちなら、なんにもこわくない。ほんとうは、不安だったんだ。坂田くんと手を繋いで笑っていられる毎日がしあわせで、髪の毛をつい気安く撫でてしまいたくなるほど坂田くんに触れたくなる欲張りさはどんどん増えていって、おいしいもの食べているときよりも坂田くんに抱きしめられたときのほうがお腹がいっぱいになることが。しあわせすぎてこわい。こんなわたしじゃあ、いつかきっと坂田くんに愛想尽かされちゃうかもしれない。唐突にそんなことを考える。友達に話したら、「はいはい。惚気ですね、ごちそうさま」と頭を小突かれたけれど。




「あー…くそ、なんで今ふたりきりじゃねえかなあ…」



そう言って、抱きしめようとして躊躇った彼の指先がわたしの服を控えめに掴むから、わたしはまた恥ずかしくなった。

ああ、やっぱり。おんなじだ。




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