第1話 荷物持ちは今日も最後尾
袋の中で魔石がかちゃりと鳴った。
40キロ。肩に食い込む紐の痕は、もう3年分消えていない。
前を歩く3人の背中はいつも通り遠かった。
鷹野さん、白石さん、大野さん。D級のごく平均的なパーティーだ。
「灰原!遅えぞ!」
「はい」
足を速める。灰原悠、21歳。
探索者協会の登録はE級で荷物持ち、補助系。
協会の区分では一番下にいる役割だった。
「右、来るぞ!」
茂みが弾けて影狼が飛び出した。
鷹野さんの剣が一閃して1匹が崩れ、白石さんの火球が2匹目を焼く。
3匹目の牙は大野さんの盾が真正面から受け止めた。無駄のない動きで見ていて気持ちがいい。
俺は10メートルほど後ろからそれを眺めているだけだった。
倒れた影狼の胸から青い光を放つ魔石が落ちる。
1個でコンビニの弁当が2食買えるほどの価値だ。
今日は100個を超える量を拾っている。
探索者タグのレベルは3年間ずっと「3」のまま。
登録試験のとき測定員に言われた。
「魔力の適性は最低ランク、経験値の入りは普通の人の10分の1以下です」と。そもそも、後ろで袋を担ぐだけの俺には経験値が入る機会すらなかった。
それでも辞められないのは、入院している妹がいるからだ。妹の薬は魔石から作る高価なもので、俺の稼ぎは全部そこへ消えていく。
森の最深部はぽっかり開けた広場だった。
「ボスさえ倒せばこのゲートは閉じる。報酬は山分けだ!」
鷹野さんが笑って剣を肩に担ぎ直した。
今日の相手はオーク"D級ゲート"のごく普通のボスのはずだった。
「……おい」
鷹野さんの声が止まった。
広場の中央に立っていたのは牛の頭を持つ、見上げるような巨体で、人の背丈ほどもある斧を両手に提げている。
「ミノタウロス……? C級だぞ!なんでD級ゲートに!」
「イレギュラーです! 撤退を!」
白石さんの叫びを咆哮がかき消した。
空気が震えて、木々の葉が一斉に落ちる。
鷹野さんが斬りかかったが刃は腕に当たって弾かれた。白石さんの火球も毛皮の表面で散っていく。
振り抜かれた斧の一撃で鷹野さんの身体が吹き飛んだ。
「くそっ……撤退だ! 走れ!」
3人が背を向ける。
退路は入口で俺が目印を付けておいた獣道だ。
まっすぐ抜ければ出口に届く。
俺も走った。走ったつもりだった。
40キロの重さで足が思うように上がらず、木の根に爪先を引っかけて顔から地面に突っ込んだ。
「灰原!」
鷹野さんが駆け戻ってきた。
助けに来てくれた。
そう思った……
けれど、鷹野さんの手が掴んだのは俺の腕じゃなくて、背中の袋だった。
魔石でぱんぱんに膨らんだ袋がひったくられる。
一瞬、鷹野さんの目が揺れた。
「……悪い。これがないと、パーティーが回らねえんだ」
袋を抱えて背を向ける。
怒りは不思議と湧かなかった。
腹の底がゆっくり冷えていくだけだった。
俺は…袋より軽いのか。
影が俺の上に落ちる。
見上げると、ミノタウロスが斧を振り上げていた。
逃げろ!と頭が叫んでいる。
だが、足が動かない。
妹の顔が浮かんだ。
来週の面会に行くって約束したのに。
斧が落ちてきた。
その瞬間、視界の真ん中に青白い光の板が浮かび上がった。
【システムが起動しました】
【初回保護が発動します】
轟音。
身体が横へ弾き飛ばされた。
さっきまで俺がいた地面が斧で粉々に砕けている。
痛みはない。ただ、頭がぐらぐらする。
"光の板"はまだそこにあった。
【プレイヤー:灰原 悠】
【旧成長記録を、初期化しました】
【レベル:1】
「……は?」
レベル1。3年間ずっと「3」だった数字がなぜか「1」に戻っている。
その下に見覚えのない文字が並んでいた。
【あなたは『成長する権利』を獲得しました】
【日課クエストを開始します】
【本日の日課:ゲートからの生還】
【承諾しますか? YES / NO】
ミノタウロスがゆっくりこっちを向いた。
さっきまで鷹野さんを見ていた赤い目が今度は、はっきり俺だけを捉えている。
画面の隅で数字が点滅した。
【現在の生還率:3%】
3年間、最後尾を歩いてきた。
もう、誰にも置いていかれたくない。
「……YES」
その瞬間、身体の奥で何かがカチリと噛み合った。




