第19話:洞窟湖の主
「神谷さん! 私はローンウルフをやるので、デスワームの方を」
「……わかった!」
どちらも避けたい相手だが、こうなってしまった以上は戦うしかない。見るからにスピードのありそうなローンウルフは俊敏に動ける千鶴に任せるのが当然の流れとして、鈍重そうな巨大ミミズ退治は俺の任務となる。
「気をつけて下さい! 毒があるかも知れません」
「そんなこと言われても……!?」
汚染された土壌に生息するミミズは、成長しながら汚染物質を吸収し生物濃縮している場合がある。また、身の危険を感じると白い粘液を噴出することもあり、目に入ると結膜炎などの眼病を引き起こすと図鑑に書いてあった。果たして、このサイズのミミズが噴出する粘液はどんな悪影響があるだろうか。
「ッシャァアア!」
「危ねっ!」
怒り狂ったように飛ばしてくる粘液を避けながら、俺は対抗策を考える。
ゴムチューブのような見た目からして、打撃系は効かなそうだ。斬撃系の武器としてナイフや鉈が手元にはあるが、こうも身体がデカいと小さな切り傷程度しかダメージを与えられそうにない。
ミミズであるなら弱点は高温や乾燥が考えられるが、生憎ここは水場で湿度が高い。破壊力といえば爆発植物だが、水没させたばかりでしっかり湿気を乾かさないと着火しそうにない。
そもそも、トンネルを崩落させるほどの爆発を受けたはずの下腹部には殆ど傷が見られないことから、爆発植物でもダメージを与えられるとは思えない。
「おらっ!」
「シャァアアッ」
取り敢えず転がっている石礫を手に取り投げてみるが、いとも簡単に弾かれてしまう。まあそうだよな。
何とか時間を稼げないか。
デスワームは真っ直ぐ俺を追いかけて来ている。ミミズは目が退化して視力を失った代わりに、皮膚には光を感じる光感覚細胞が備わっており、明るさの変化を感知することができる。
つまり、蛍光塗料によって全身を絶賛光らせている俺は、デスワームからはどこにいようと丸見えなのだ。
千鶴の方もローンウルフ二体の相手で手一杯のようで、こちらを援護する余裕はなさそうだった。俺一人で対処するしかない。
幸いにも移動速度は遅いため、粘着性のある粘膜に絡め取られなければ走って逃げることは出来そうだ。しかし、地中の移動を得意とするデスワームがそう易々と地表を這いつくばって動き続けるとは考えづらい。
「ガガガガガガァァァ」
「やっぱりか……!」
俺が逃げ回りにくいように、周囲に粘液をまき散らし終えたデスワームは、満を持して地面に潜り込んだ。猛烈な勢いで掘り進めていき、あっと言う間に見えなくなる。
「ドガガガガガガァァァ!」
「うぉっ……と」
地中に潜むデスワームは俺の足音を感知しているのか、どこへ走ろうとも正確に足下から飛びかかってきた。掘削する振動は地面全体に響いている為、いつ襲って来るのか、そのタイミングを掴むのは難しい。
「ドガガガガガガァァァ!」
「おっと……!」
粘膜のトラップを避けながら、予測不可能なタイミングで飛び出してくる突撃も躱していく。そんな俺に「逃げ回るばかりでは、勝ち目はないですよ……」とローブの男が呟く。
「んなことわかってるつーの……!」
視界の端で、ローウルフ二体を相手にしている千鶴の姿が見える。持ち前の俊敏さを生かして、華麗に攻撃を回避していた。あれだけ動ければどんなに楽だろう。
湖の主は、俺たちの戦いを退屈そうに観察しているだけで、介入してくる雰囲気はない。こいつの目的は一体何なのだろう。取り敢えず、今は邪魔をしてこないというなら、目の前のデスワームに集中しよう。
「ドガガガガガガァァァ!」
「あぶねっ!」
地雷が爆発するように大量の土煙を撒き散らしながら襲撃してくるデスワームによって、辺りは穴だらけだ。
「そろそろか……?」
「……ん?」
湖の主が興味を示したように俺を見ている。何も無策で逃げ回っていたわけじゃない。
湖の中に入った俺は、デスワームが飛び出してくるのを待った。湖の淵に近い水深の浅い部分には沈水植物が生えており、地下の振動を感じて小刻みに震えている。
「ドガガガガガガァァァ」
「……きたっ!」
デスワームの攻撃を回避した俺は、直ぐに体制を立て直した。次の瞬間、湖底にできた穴に向かって水が勢い良く吸い込まれていく。
地下のトンネルを通じて、これまで掘った穴という穴にどんどん水が流れているのだ。一緒に吸い込まれてしまわないように、俺は沈水植物を握って陰圧に耐えた。
「うおぉぉぉ……!」
「溺れさせようというのか? 面白いアイデアだ……」
雨が降った日には、地面の上に這い出てきたミミズの姿を目にすることが多々ある。それは雨水に満たされた地中で酸素が不足することによる窒素を防ぐための回避行動だ。
「しかし、デスワームは皮膚呼吸によって水中でも息ができるよ……?」
「と、お前は言うだろうな」
俺の真の狙いは、デスワームを窒息させることではなかった。周囲に掘り進められたトンネル内に湖の水が吸い込まれて行くことで、その水深は明らかに減っている。
半分ほどが干上がったことで、湖の中央付近まで走って移動できるようなった。俺は直ぐに駆け出して、湖の底に両手を沈めた。振り回すことは出来そうにないが、支えることはできる。
「……おらぁあああ!」
「ガガガガガガッ!!!」
地面から飛び出してくるデスワームを待ち構えるように、湖の底で眠っていた鉞を立て構える。刃渡りは1メートル近くあり、俺を丸ごと飲み込めるサイズのデスワームに一撃喰らわせるには十分な大きさだ。
「ギュギュギュ!!」
「どうだ!?」
地面に突き立てている鉞の刃に向かって飛び出してきたデスワームは、勢いそのままに、頭から尻尾まで綺麗に真っ二つにおろされていく。暫く痙攣していたが、遂に事切れて動かなくなった。
「はぁ、はぁ。勝てた……」
「神谷さんっ、大丈夫でしたか?!」
ちょうどローンウルフを倒し終えた千鶴が駆け寄ってきた。デスワームが撒き散らした体液を全身に浴び、地面に座り込んだでいる俺の身体を千鶴が心配そうに確認している。
「お怪我は?!」
「大丈夫、返り血を浴びただけ」
「でも身体が……」
「ん?」
千鶴の声に掌を確認すると、浴びた白い粘液が硬化し、石膏のように固まり始めている。恐らくデスワームはトンネルを掘削しながらこの粘液で崩れないように補強していたのだろう。
急いで水で洗い流していると、いつの間にか湖の主が目の前まで迫っていた。手の届く距離で対面して見える瞳が吸い込まれるような輝きを見せる。
俺たちは慌てて距離を取った。何か仕掛けてくる気配はまだないが、デスワームとローンウルフを操っていたことから、更なる伏兵を投入してくる可能性がある。
果たして、他にはどれだけの戦力が控えているのだろう。それらを倒した後にコイツ自身と戦うことになると考えると、圧倒的に不利な状況だ。
睨みながら牽制していると、湖の主は敵意など無いと言った様子でひょうきんに話し始めた。
「いやいやぁ、久し振りに面白いものを見せて貰ったよ!」
「俺たちをどうするつもりだ?」
「えぇ? 嫌だなぁ、そんなに怖い顔しないで」
「……あなたはこの湖の主ですか?」
「その通り。忘れられた洞窟湖を守る哀れな存在さ」
マユリと名乗った湖の主は、深く被っていたフードを取った。チリチリに傷んだ長髪が零れ、声の割には年老いた顔が露わになる。その表情にはどこか陰りがあり、今にも消えてしまいそうな弱弱しい印象を与えた。
マユリの話によると、元々は特異な地形に地下水が溜まったことで形成された洞窟湖だったらしい。しかし、数百年前に起こった地殻変動によって地下水の流れ方が変わると水の出入りが少なくなってしまった。更には、その後に住み着いたデスワームによって水質が悪化し、次第に輝きを失っていったという。
「つまりは、水が腐ってしまったと?」
「そういうことだね」
嘗ては正直者に富を与えることで知られた幻の洞窟湖だったが、現在では通路が崩落したことで誰も近づけなくなり、その存在が人々から忘れられて久しいと語る。
「君たちが来てくれて嬉しかったよ」
「にしては随分なお出迎えだったけど……」
「君たちの派手な登場に応えようと思ってね」
湖の底に沈んだモノは、皆等しくマユリの支配下となる。更なる力を付与されて金銀の輝きをまとった道具を手に入れるには、それ相応の力を持つことを自分自身で証明しなければならない。
「ある時期から、より強力な道具を手に入れる為だけにここを訪れる者たちが相次いでね。過ぎた力はその身を滅ぼすということを教えてあげようと」
「だとしても、俺たちはデスワームの持ち主じゃないぞ」
と不満を漏らす俺に千鶴は言う。
「いいえ 神谷さん。事実だけを並べたら、私たちが仕掛けた爆弾が原因で、デスワームとローンウルフが落ちたわけですから……」
「そういうことだね」
デスワームたちを湖に落としたのは、文字通り俺たちというわけだ。お役所みたいに頭が固いこと言わないで、もっと融通を利かせてくれてもよくないかと思うが、ある意味誰にでも平等ということなのだろう。
だとしたら、始めから落としてないと言えばよかったのだろうか。童話なら嘘つきの木こりは斧を返してもらえなかったはずだが。
「嘘つきにはお仕置きが必要だよ?」
「どっちにしてもアウトか……」
意図しようとしまいと、この湖に何かを落とした者たちは皆、マユリの審議を受けることになる。
「一応看板も建てているんだけどね。きちんと読む人はそもそも投げないというか」
その視線の先には古びた看板。所々霞んでいるが何とか読める。
『不法投棄禁止。理由いかんによらず懲罰を受けます』
マユリには敵意がないとわかったところで、問題は別にある。さっきの話だと、この空間は孤立している事になる。
「どうしましょうか?」
「暴落した通路を直すのは厳しいよな」
「手がない訳ではないよ」
マユリは含みのある笑みを浮かべた。




