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第21話:地底湖からの脱出


「来た道って言われてもな?」

「頑張れば壁を登れそうですけど……」

「……頑張れるか?」


 マユリが言うには、この地底湖から脱出するには来た道を戻る以外の方法はないとのことだ。


 俺たちが見上げる天井に空いた穴までの高さは、100メートルを優に超えている。加えて、穴の位置は地底湖のほぼ中央にあるため、仮に岩壁を登り切ったとしてもそこから更に水平移動しなければならない。


 天井に垂れ下がっているツチボタルを使って綱渡りする方法も考えたが、ツチボタルは触れたものに電撃を放つため、感電して落水するのがオチだろう。


「メメロンの皮とか使えないかな?」

「確かにゴム手袋の代わりとして使えそうですけど、十分な絶縁性があるかは……」

「やっぱり、空でも飛べないと厳しいか」

「いや、空を飛べなくても、天井の穴まで登る方法はありますよ」


 天井を見上げるしかない俺たちに、マユリはにこやかに答えた。早速お願いしたいところだが、「そのためには紛失した錫杖を見つける必要があります」と続ける。


「錫杖ですか?」

「ええ、すっかり物が増えてしまって、どこにやったのやら……」

「大事なものならちゃんとしまっとけよ」

「返す言葉もない」

「水位が下がっているので探しやすいとは思いますけど、この広さで見つかりますかね?」


 見渡す地底湖の底には様々な武具の他に、家具や衣類、何の生物かわからない骨まで転がっている。少し探っただけでも、斧や刀、鍋に椅子など、大きさや種類を問わず様々なモノが引き上げられた。


 いずれも、ここを訪れた人々が地底湖の力に肖ろうと投げ入れたものだ。形式も年代も様々で、骨董品として価値の高そうな物もあるが、殆どはゴミに近い。


「率直に言うと不法投棄ばかりだな」

「水が汚れて力が弱まってからは、追い返すことも難しくなりまして。いつしかゴミ捨て場のように」


 しばらく三人で手分けしていたが、見つかる気配は全くない。湖底を攫っているとどうしても泥が舞いってしまうため、直ぐに水が濁って作業効率も上がらなかった。果たして、地底湖の底に眠る雑多な投棄物の中から、ピンポイントで探し出せるのだろうか。


「ちょっと休憩しよう」

「そうですね。別の方法も考えた方がいいかもしれません」


 湖から上がった俺たちは、リュックから水筒を取り出した。貴重な水分もだいぶ少なくなっている。ペースを考えながら口を潤していると、湖の上にいるマユリが目を輝かせてこちらを見ていた。


「それは……?!」 

「朝採ってきた湧き水ですけど」

「飲むか?」

「是非とも!」


 確かにここの水は飲めるような状態ではない。しかし、妖精のような存在であるマユリも水に飢えることがあるのだろうか。水から力を得ていたという話から察するに、俺たちが感じる喉の渇きとは別物なのかもしれない。


 千鶴がコップに注いで手渡すと、マユリは一気に飲み干した。その瞬間、ぼろ切れのような身体から眩い光が放たれ、辺り一面が神聖な空気に包まれる。


「ど、どうした?!」

「うはぁぁ生き返るっ……!!」

「えぇぇ……!?」


 地底湖の空間をミラーボールのように照らしながら、ローブをはためかているマユリは、みるみるうちに活力を取り戻していった。


 乾き切ってぼさぼさだった長髪は、流れる水のような艶めきを取り戻し、透き通った白銀色に輝いている。清らかな水に触れたことで、マユリは地底湖の主として本来の美しさを取り戻したようだ。


 髪をかき上げて露わになった顔つきは中性的で整っており、切れ長の瞳は湖の底を覗き込んだような深い青色に染まっていた。薄く引かれた唇は上品さと知性を添え、地底湖の主という役割通りの神々しさがある。


「どうやら少しだけ力が戻ったようです」

「別人みたいに変わるじゃん……」

「力が回復した今なら、錫杖の在処がわかります」


 マユリは徐に両手を正面に出すと、眼を閉じて全神経を集中させていく。すると、静かな呼吸に呼応するように湖が光を帯び始めた。


「おぉ……?!」

「見つけました!」


 掌を握り閉め、腕を上げるのと同時に、何かが水面に浮かび上がってくる。


「おおっ?!」


 そのままこちらへ飛んでくるのかと見守っていたが、しばらく待っても動きがない。


「どうした?」

「今はこれが限界みたいです」

「っなんだそれ!」

「鳴瀬さん、急いで回収に行かないと」


 慌てて湖に入った俺は、再び水の中に沈みそうになっている錫杖に向かって駆け出した。ギリギリのところで錫杖を掴み取る。重厚な見た目に反して扱いやすい重さで、片手でも振り回せそうだ。


 金色の支柱には緑色の蛇が二匹絡まっており、よく見ると水流をイメージしたような繊細な模様が施されている。唯一無二の特別感はあるが、錫杖頭の部分がちょっと変だ。


「想像してたのとちょっと違うんだけど」

「錫杖というよりは、柄の長い柄杓ですかね?」

「水を掬うのに便利なんですよ。先程のお水を少し頂けますか?」


 錫杖を受け取ったマユリは、柄杓の合に泉の水を注ぐ。呪文を唱えて暫くすると、器に溜めた水が光を放ちながら沸騰し始めた。


「少し離れていて下さい」


 ゆっくりと柄杓を傾け、虹色の水を地底湖に注いでいく。その直後、澱んだ水が噴水のようにせり上がると、徐々に螺旋階段を形成していった。


「これで天井まで向かえますよ。さあ、お二人とも崩れないうちに」

「ありがとうございます!」


 千鶴が一番に足を踏み出し、後に続いてステップに足をかけると踏み板がゼリーのように震える。そのまま底が抜けそうで怖いが、千鶴は珍しい体験に楽しそうにしている。


「では行きますよ」

「ちょっ、手すりとか掴まるものは?!」


 俺たちを乗せた水の階段は、地底湖の水を吸い上げるように天井に空いた穴に向かって螺旋を描きながら昇っていく。ツチボタルのシャンデリアも無事に回避し、何とか洞窟の通路に戻ることができた。


「私はここまです」とマユリは階段の上から言う。

「一緒に来ないのか?」

「私はここから出られません」

「でも」

「いいんです。これが地底湖の主である私の定め。湧き出した泉が枯れるまで、その場所を守る責務があります」

「とっくに枯れてるじゃないか」

「いいえ。地底湖の枯渇が私の命の終わりと等しいのです。こうして私が姿を保っていると言うことは、この地底湖は腐っていても死んではいません」


 人一人も訪れない孤独な空間に、あと何年いることになるのだろう。

 

「これは選別です」

「いいのか?」

「私にはもう必要ないものですので」


 そう言って、マユリは錫杖を手渡してきた。受け取った瞬間、水でできた螺旋階段は徐々に形を保てなくなっていく。


「マユリ、ありがとう」

「こちらこそ、お二人に会えてよかった。またお会いしましょう」


 螺旋階段が音を立てて崩れるのと同時に、マユリの姿も消えてしまう。


「鳴瀬さん、行きましょう」

「ああ……」


 再び洞窟に戻った俺たちは、迷路のように入り組んだ道を進んでいく。地下に巣くうデスワームによって地形は日夜変わり続けているが、より古い道を辿っていけば外に出られるとマユリは言っていた。古い道ほどオオコウモリの寝床になっており、排泄物が溜まっているので見分けやすいはずだと。


「にしても暑いなぁ」

「そうですねぇ」


 洞窟内を歩いてしばらくもしないうちに、大粒の汗が流れ落ちる。湿度も高いようで蒸し暑く、熱中症にでもなったかのようにボーっと視界が狭くなる。何かがおかしい。俺たちは立ち止まって周りを確認することにした。


「明らかに気温が上がってるみたいです。どうしてだろう」

「地熱かな?」

「そんなに地中深くまで降りた感じはしてないですけど」


 立ち止まった千鶴は、スンスンと鼻を鳴らした。マユリは地面に掌を近づけ、何かを感じ取っている。水を飲んで渇きを潤すが、サウナの中にいるような感じで耐えられそうにない。


「なんか、焦げ臭くないですか?」

「ん?」

「何かが焼けてるような臭い。地面も温かい……」


 千鶴に倣ってしゃがみ込み、地面に手を近づけてみる。オオコウモリの排泄物が堆積して固まった地面から、確かに熱波を感じた。


「温かい……」

「っ?! 鳴瀬さん、何か聞こえませんか?」

「ん?」


 感覚の鋭い千鶴は、いち早く何を察知したようだ。その時、後方からバサバサバサと空気を叩く無数の羽音が響いてきた。


「何だ、何だ?!」

「オオコウモリです!」

『キィーキィーッ!!』


 逃げようにも間に合わない。俺たちは頭を抱えてしゃがみ込んだ。猛烈なスピードで飛んできたコウモリたちは、そのまま頭上を飛び去って行く。


「……襲ってきた、わけじゃない?」

「むしろ何かから逃げていたような……」

「まさか」


 振り返ると、真っ暗な暗闇の向こうに小さく揺らめく暖色の光が見えた。それは徐々に大きくなり、燃え盛る火の玉として近づいてくる。


「何だあれ?!」

「デスワームですかね?」

「燃えてるよな?」

「燃えてますね!」


 俺たちは直ぐに走り始めた。デスワームはその身を包む炎を岩壁に擦り付けて消そうとしているかのように、悶え狂いながら後を追いかけてくる。


「なんで燃えてんだ?!」

「もしかして、爆発させた時に引火したとか……?」


 洞窟の内壁には石炭が含まれている。加えて、果実を主食とするオオコウモリの排泄物は、発酵することでアルコール成分を多く含んだ堆積物になっていた。つまり、着火源さえあればいつでも火が付く状態で、俺たちは爆発を起こしたのだ。炎は必ずしも、目に見える状態とは限らない。炎は静かに洞窟内へと燃え広がってしまったのだろう。


「だから暑かったのか」

『キィーキィーッ!!』


 入り組んだ洞窟を逃げ回っていると、同じように見えない炎に追われたコウモリが飛び交う交差点に出た。どこもかしこもパニック状態で、ネズミのような小動物も地面を走り回っている。


「どうしますか?! 酸素も薄くなっているような気がしますけど!」

「コウモリを追いかけよう」


 オオコウモリはここを寝床にしているだけで、食べ物は洞窟外へ探しに行っているはずだ。ならば、彼らが逃げる方向は外に繋がっているに違いない。


 飛び交うコウモリの後を追い、デスワームにも追いかけられながら、俺たちは狭い洞窟内を駆け回った。


「あっ、光が見えてきましたよ!」

「よかった、外だ!」


 とホッとしたのも束の間、先導していた千鶴が一瞬にして姿を消した。


「えっ?」と思った時には、まるで階段から足を踏み外した時のように、俺もストンと暗闇に飲み込まれていた。


 漸く現れた外の光に夢中になっていたばかりに、俺たちは足元にぽっかりと口を開けていた大穴に気づかなかった。


 どうやら小型のデスワームが掘り進めていた穴のようで、その長いトンネルを滑り台のように滑り落ちて行く。一体どこまで続いているんだろう。最後にはデスワームが口を開けて待っていたりして、なんて最悪の想像が頭を過る。


「キャーッ!!」と千鶴の悲鳴が響いた後、バシャンと水が弾ける音が続いた。それから直ぐに、俺も空間に放り出されたかと思うと、勢いよく水面に叩きつけられた。水に入るのは本日何度目だろう。すぐに浮上して千鶴を探す。


「千鶴っ、大丈夫か?!」

「なんとか大丈夫です」

「また地底湖か?」


 どうやら、地殻変動などによってマユリがいた地底湖から行き場を失った地下水は、新たにできたこの空間に貯まっていたらしい。


 活力のあるツチボタルもシャンデリアのように眩い光を放ち、星を散りばめたように幻想的な空間が広がっていた。水に浸っていると、疲労が回復しているのがわかる。


「元気にはなりましたけど、この斜面を登るのは骨が折れそうですね」

「マユリがいればな」

「呼びましたか?」

「うぉおっ?!」


 突然、声を発した錫杖に思わず手放してしまう。支えを失った錫杖が音を立てて水に沈むと、淡い光を帯び始めた。


 飛び交う光の粒は徐々に人の形を成していき、たちまち神々しさを取り戻したマユリが姿を現す。


「なにこれ?!」

「思っていたよりも早い再会ですね」

「どうなってんの?」

「分身みたいなものです。またお会いしましょうと言ったじゃないですか」


 あくまでも本体は今もあの地底湖にいるが、情報は共有している状態らしい。


「取り敢えずこれで助かりそうだな」

「ええ、一気に脱出できますよ」


 マユリの指示通りに、俺と千鶴はソリのようにサンドボードの上に座った。滑り降りてきたトンネルに向かって待機していると、呪文を唱えるマユリの声が響く。


「お二人とも、しっかり掴まって!」


 っ?! 


「行きますよ!」

「うわぁああ?!」


 錫杖の先端にある柄杓の台から青い光球が放たれ、水面に着弾した瞬間、地下水は突沸したように湧き上がった。そのまま水位が上昇すると、水面に背中を押されるように、俺たちは水流と共に勢いよく斜面を滑り上がっていく。水と一体化したマユリは俺たちを加速させ、勢いそのままに洞窟の中から外へと飛び出した。




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