“手には銃を、背にはリュックを”
光太郎―――いや、レイスはソファから身体を起こすと、自分の姿を見降ろした。
少し汚れたジーパンにニーパッド、手には黒い指抜きグローブ、フード付きのジャンパーに弾倉を詰めるアーマー風のチェストリグを身に付けていた。
さながらゾンビ映画の武装した若者といった装いだろう。場合によっては登場後に秒速で死ぬ感じの雰囲気のやつだ。
視界に表示されたチュートリアルに従って、デスクに向かう。
そこには散らかった書物と報告書に混じって1枚の封筒がピックアップされていた。レイスはそれを手に取り、封を切って中身を確認した。
「レイス様へ……、深き闇への旅路に1000%のご支援をお約束いたします。 当ホテルの会員証をお持ちになって御来訪ください。―――デルタレッドホテル」
質のいい手紙には流れるような筆跡で簡素にそう書かれていた。
デルタレッドホテルはこの拠点となる事務所とは別に、掃除人の仲間を募って依頼を受けたり、武器の強化やアイテムの取引きが行えるソーシャルスペースの事だ。
表向きは高級ホテル、裏では施設丸々使って掃除人のために働く支援組織という設定になっている。
「会員カードはブロンズ色か。 これも今後の戦績で変わってくるのかな?」
まじまじと自分の顔が描かれた会員証を見ながら、そのままズボンのポケットに仕舞う。
次のチュートリアルはロッカーを指し示していた。レイスはそれに倣って、ロッカーまで向かい取っ手を引いて両開きの扉を開けた。
「わぁお……」
中には三種類の長物の銃器、そして脇には拳銃やナイフの小物。
上からはリュックサックがつり下げられ、足元の方には弾薬ボックスが重ねて積まれていた。
見るからに仕事用の道具の数々がそこに並んでいる。
「武器は、どうするかな……」
レイスは一つ一つ銃を手に取って感触を確認していく。ずっしりとくる感覚はあるが、重いわけではない不思議な感じだ。これなら問題なく取り回す事が出来るだろう。
男子高校生の嗜みとして銃の知識をバッチリと身に付けているレイスには、これらの銃種がすぐに判別できた。
まず小ぶりなサイズのサブマシンガンは【MP5A5】。
伸縮式の肩当てがあるので室内でも素早く構える事が出来る機動性重視の銃だ。
装弾数30発の長いサイズの弾倉が刺さっている。また銃身の手を添える部分にあるハンドガードにはフラッシュライトを内蔵したカスタマイズがされていた。暗闇を行くのだからこういうライトは標準装備になるのだろう。
銃のステータスが視界に表示されたのでそれも参照すると、どうやら発射レートが速く、反動もマイルドだが攻撃力で少し劣るようだとレイスは理解した。安定性はあるが決定打に欠ける武器といった扱いだろうと予想できる。
次に取り出したのは、MP5よりも大きいサイズの銃―――【M4A1】というアサルトライフルだ。
こちらは銃身や本体にスコープなどのアタッチメントを取りつけられるよう、ギザギザのレールが付いたSOPMODというカスタムモデルだった。そこには同じくライトが取り付けられている。
MP5と比べるとより攻撃的なステータスになっており、威力が高めに設定されていた。反動はそこそこあるようだが、後々にそれを抑制するアタッチメントを取り付ければ解決できる問題だろう。
拡張性が高く、様々な状況に対して装備を組みかえられる万能性を持っているようだ。
最後の3つめはショットガンだった。これも映画などで有名な【ベネリM3】という銃だ。
肩当てと握りが一体になったスマートな形で、7発の散弾を連射する事が出来るセミオート機構を備えている。一発撃つごとに銃身下のフォアグリップを動かして、弾を排出するポンプアクションも可能のようだが、こちらはあまり使う機会はないだろう。
例に漏れずこの銃も、邪魔にならない位置にライトがくっついていた。
7発という装弾数の少なさと1発づつ弾込めが必要なリロードの手間はあるが、近距離では絶大な威力を発揮するようだ。仮にボスのような敵がいたとしても、このショットガンをありったけ撃てばそう時間を掛けずに撃破出来るだろう。
黒一色のカッコイイ見た目も相まって、使用者もきっと多いだろうなとレイスは思った。
「よし、最初はこれでいくか」
レイスはM4A1をロッカーから取り出して、そばに立てかける。
あとはサブアームとして太もものホルスターに拳銃を入れた。
これは一丁だけロッカー内に置いてあった【XDM 4.5】という銃だ。
ポリマーフレームを使った近未来的なフォルムに握りやすいグリップ、何より弾の雷管を叩く撃針が内蔵されている珍しい形態の拳銃だ。装弾数は19発とかなり多く、咄嗟の戦闘で十分に戦い抜ける性能を持っていた。
これもライト付きである。どこまでも暗闇を歩かせるつもりらしい。
「あとはサバイバルナイフ、各種弾倉をポーチに入れてと」
弾薬ボックスからM4A1に使うあまり曲がってないバームクーヘンのような弾倉を胸のチェストリグに5つ、XDMの弾倉は左足の太ももに巻いたレッグポーチに4つ差しこんだ。
これで装填されている分も含めてM4A1は総数180発、XDMは95発だ。現実なら実弾の入った弾倉を差しっ放しにしているのは危険極まりないが、ここはゲームなので気にせずそのままにしておく。
次は鉄で出来た丸い缶にレバーが取り付けられたような形をした閃光手榴弾を取り出した。ロッカーには2個しか入っていなかったので、この2個で使い切りなのだろう。出来れば強力な光と音を放つより、普通の爆発する手榴弾が欲しかったなとレイスは思いながら、腰に巻いたベルトポーチに収納した。
レイスは続いて吊り下げてあったミリタリー風のリュックを取りだした。
パチンと留めるサイドリリースバックルで、身体にくっつくように背負える小ぶりなタイプだ。チャックを開けて中を確認してみるが、これといって何も入っていなかった。
「ふむ、この手のゲームならストレージ画面が出てくると思うんだけど……そういうのはないのか」
どうやら見たままのリュックに、見たままのサイズの物品を入れるような仕組みらしい。
レイスはひとまず、十字架が描かれた赤い小袋のファーストエイドキットを3つ入れ、水の入ったペットボトルを2本、食べると口の中がパサパサになりそうなスティックタイプの携帯食料が入った小箱を2つ突っ込んだ。それでもまだ隙間はあったので、予備の弾倉を入れるだけ入れておく。
今の所、HPバーのような自身の状態を表す表示は一切ない。
実際にダメージを受けてみない事には具体的な表示内容はわからないが、ファーストエイドキットから始まり食料、水などのアイテムが存在しているのを考えると、ステータスとしては見えないが空腹度、渇き、怪我の状態があるように思う。
なるべく視界画面に表示する内容を排除し、ホラー演出をそのまま現実のように体感してもらおうという制作側の配慮が見えた。
正直、勘弁してほしい。自分のホラー耐性は人並み程度しかない。
「こんなものか……」
リュックのチャックをしっかりと閉めて背中に背負い、バックルでしっかりと固定する。そうしてレイスはやっと、立てかけておいたM4A1を手に取ってスリング紐を肩にかけた。
武器よし、弾よし、爆弾よし、回復アイテムその他よし―――と一つ一つ再確認して一息つく。
フル装備を身につけてから、明らかに何も持ってない状態よりはウェイトは増している感じはするが、動きが阻害されるような感触はない。これもゲーム的な補正なのだろうか?とレイスは疑問に思ったが、まぁ便利だからいいかと細かいことは気にせず玄関口に進み出る。
チュートリアルによれば、この扉を通ればそのままデルタレッドホテルへと移動できるそうだ。
「いってきます!」
気合いを入れるように、自分の簡素な事務所にそう声をかけ、レイスはカウベルの鳴る木造の扉をくぐった。