はじまりの日・2
けして安くない電子マネーを注ぎ込んで光太郎は『ダークスイーパー・オンライン』をVR機器にインストールした。
ゲーム内で明里にいろいろ教えてもらおうと思っていたのだが「ごっめーん! たぶん装備差がありすぎてお兄ちゃん楽しめないと思うから、しばらくは一人でやってね!! アイテムありがと!!」というお言葉を頂き、ソロプレイを強いられる事となった。
「理不尽すぎないかなぁ、妹よ」
こちらも裏の思惑もあるとはいえ、一人で放り出されるとは……。
実際、明里の目的は招待で手に入れるアイテムだけだったので、光太郎がもうこのゲームに関わる必要性はない。だが、払った金額はバイトの時給ほぼ1日分強に相当すると思うと、プレイしないのももったいない気がした。
「まぁ、やってから考えるか」
合わなければそこでやめてしまえばいい。
元々、ホラーゲームなど長く続けるのも難しいジャンルだ。これをずっと続けられる人間など、よほどの妹のようなホラー好きか変態だけだろう。
光太郎はVRメットを装着すると、ゲームハードが内蔵されたゲーミングチェアに身体を預けた。
すぐに意識がまどろむ感覚が訪れ、次に目を開けた時には海の中のような青一色の空間だった。このVRホームに来るのも随分と久しぶりだと光太郎は思った。
手をかざしてメニューを呼びだし、インストールしたゲームソフトの一覧を広げる。
「えーと、だ、だ、だ行……あった、ダークスイーパー」
項目をタップすると青色の世界が一瞬で暗闇に沈む。
重厚な不協和音が混ざるBGMと共にプロローグムービーが始まった。
―――人体発火、ポルターガイスト、ドッペルゲンガー。
その他あまたの超常現象、心霊現象は今なお世界中で報告されている。
光差す我々の日常のすぐそばで、それらの暗く静かで湿り気のある闇は広がっているのだ。奴らは常に、どこか深い所から我々を見ている。一度、その視線に気づいてしまえば、すぐさま奴らはその足に食らいつき、自分たちの“テリトリー”へと引きずり込むだろう。
恐ろしくも不可思議な脅威はいつだってそこにいる。
しかし、それに対抗する存在もまた闇のすぐ近く………その境界に佇んでいた。
その名は【掃除人】
勝負に賭けるのは銃と弾薬―――そしてたった一つの命。
大金という見返りを求め、クソッタレな人生を博打につぎ込み続ける愚か者達。敗北の先は恐怖と死しかない過酷な戦場が彼らの住処だ。
多かれ少なかれ、世のため人のためと名誉を求める者もいるが、そんな連中もいつしか悪夢を忘れるために深酒へと堕ちて行く程に、手を出す先の深淵はあまりに深い。だがそれでも【掃除人】という狂人たちは、日常では味わえないスリルと興奮、そして報酬のために羽虫のように危険の中へ飛びこんでいく。
奇怪な存在をすぐ横に感じるあなたは―――あとどれだけの時間を生きていられるだろうか?
「情操教育にあまりに悪いのでは……?」
妹はまだ花の女子高生なんだから、そんな歳から酒に溺れるような恐怖を叩きつけないでほしい。重ねてもう少しプレイヤーは爽やかな達成感を求めてとか、危機に際して立ちあがった善良な人々とかにはならなかったのだろうかと光太郎は天を仰ぐ。
16歳にしてゴーストハンターとしての覚悟が決まってしまった妹に今後どんな言葉を投げかけるべきかと、この時の光太郎はゲームとまったく関係ない事を考えていた。
『キャラクターの名前を入力してください』
「おっと、もう進んでたか」
気を取り直して光太郎はキャラメイク画面を確認する。
名前や身長、生年月日、血液型などの本当に履歴書に書くような項目が並んでいた。特に何も考えず、現実と同じ数字を入力していく。
「名前は……そうだな、レイスにしておくか」
ちょっと狙ったような名前かと光太郎は少し気恥ずかしい感じもあったが、こういうものはフィーリングだと“レイス”で決定する。
次に現れたのはアバター設定の画面だ。
聞いていた通り、性別はVR機器の使用者と同じに固定されている。そして本当に最近のゲームにしては珍しく、顔や体型は現実の姿と大きく変えるような設定ができなかった。顔はVRメットから読み取り、体型はゲームハードの椅子からスキャンしているのだろう。
髪型や髪色の変更、入れ墨なんてオプションもあるので、ある程度のリアルバレは防げるよう配慮はされていた。
なるほど、ゲーム内で美人なら現実でも美人なんだなと、光太郎の期待は高まった。思わず小さくガッツポーズが出るくらいには高まった。
過去、まだ明里も小さい頃にオンラインゲームで手痛い経験をした彼にとってこの設定は大いに賞賛したいシステムだった。
「へぇ、このゲームはステータスの概念はないのか」
キャラメイクの横でゲームの説明を読みこんでいた光太郎は呟く。
このダークスイーパーオンライン、基本的に出来る行動は非常にシンプルだ。
武器による攻撃、人間の手で出来る行為、そしてアイテムの使用の三つ。
成長要素としては所持武器の強化くらいで、あとは手持ちの資金でアイテムやガンパーツ、防具の他に探索に役立つツールなどを購入して増やしていく仕様となっている。
何をするにもお金が必要になってくるので、クリア報酬がほぼ経験値代わりと言っていいだろう。
一応はステージの攻略時に手に入るポイントを貯めて上昇する【スイーパーランク】というシステムはあったものの、あくまでどれだけこのゲームを続けた実力者かわかる程度の意味合いしかなかった。
「デスペナルティは所持金の三分一の消失と、ランダムに【トラウマ】の状態異常か」
【トラウマ】の項目を叩いてヘルプを呼びだす。
どうやらゲーム内時間で1日から3日の間、様々な恐怖症を抱えた状態をそう呼ぶようだった。
その【トラウマ】のきっかけになった相手に遭遇したり、罠で【トラウマ】を想起させられたりすると一定確率で足がすくんで動けなくなったり、その場から勝手に逃げ出してしまったり、幻覚が見えるようになったりと大変に厄介な事になるらしい。
「死んだらしばらくは大人しくしてなさいって事か……。 この辺りの演出は好きな人にはかなり好きって気がするな」
妹なら嬉々としてこの【トラウマ】状態を抱えたまま、リベンジに突っ込んで行きそうだと光太郎は思った。
せめて同行者に迷惑が掛かっていないよう祈るばかりだ。
「よし、こんなものだな。 決定っと」
髪色を赤髪に変え、前髪を含めて今よりもボリュームのある髪型に変更して最低限のセキュリティを設ける。髪型と色一つでこうまで印象が変わるものなのだなと光太郎は感心しきりだった。
外見の設定が終わると次の項目が現れた。
「うん? 性格診断?」
ちょっとした心理テストのような選択式の内容だった。
深読みすると心情や主義、行動理念に関わるような質問がおおよそ20項目くらい並んでいる。
例えば『街中で暴れている人がいます、どうしますか~』といった物に対して『声をかけて事情を聞く』『無視する』などだ。
「けっこう多いな……」
直感で質問の答えを選んでいき、全ての解答欄を埋めた。完了ボタンを押す『ご協力ありがとうございます』とメッセージがウィンドウに現れ、すぐに閉じた。
やがて―――ギュンッと身体が引っ張られる感覚があって光太郎の視界が暗転する。
しばらくしてから眩しさを感じてゆっくりと目を開けると、そこは先ほどの暗黒空間ではなく寂れた事務所のような部屋のソファだった。
壁のあちこちが若干崩れて中身の漆喰が見えているし、置いてある家具はどこか洋風のデスクと簡素な棚、そしてロッカーとこのソファくらいだ。インテリアどころかベッドすらない。
天井では空調ファンがのんびりと回り、蛍光灯の明滅がじきに寿命を迎える事を訴えている。窓から差した夕日は閉じられたブラインダーで遮られているものの、橙色の光がこの事務所を怪しく照らし出していた。
「ここは、……拠点か」
光太郎はソファから身体を起こした。




