はじまりの日
「お願い! お兄ちゃん!かわいい妹を助けると思って!!」
両手を合わせて拝むように腰を折る妹の明里に、柳田 光太郎は困ったように頭をかいた。
日曜日の昼間、ちょうど昼食の洗い物を片付けた所にポニーテールを揺らして猫撫で声でやって来た明里の姿にどうにも嫌な予感はあった。
そして話を聞いてみるとこれも正直に言うと断りたい類の頼みだったわけで……。
「いや、だって明里……、それようはVRゲームの特別アイテム?が欲しいから、俺にも同じゲームを買えって事だよね?」
「お友達招待の特典だから他に手がないのー! お願い―! お小遣いでちょっと支援とかもするからー!」
「そこは頑張って全額払うくらいは言いなさいよ」
「女子高生には無理ッ!!」
俺も男子高校生2年で1歳しかお前とは離れてないぞ?その上、お小遣いはバイトで賄ってるんだぞ?と口に出して言いたい光太郎だったが、こうまで意固地になった妹には何をやっても無駄なのはよく知っている。
しかもお金に関してはがめつ……強かな彼女が僅かばかりでも支援すると言ったのだから、その本気度はかなりのものだろう。
「はぁー、お友達招待なんだからお友達をまず頼ってくれよ」
「もうお願いはしたよ~! でもみんな怖いの苦手って言ってやりたがらないんだもん」
「怖いの?」
光太郎が首をかしげると、明里はそれを待っていたとばかりに手元の投影携帯を掲げて見せた。
そこには、おどろおどろしい黒い廃墟の背景に、フードを目深にかぶった男がアサルトライフルを片手にマグライトをこちらに向けているビジュアルが映し出されていた。
まるでホラー映画のタイトル画面そのままだ。
「―――『ダークスイーパー・オンライン』?」
「そう! これ面白いんだよ!!」
矢継ぎ早に説明する明里の言葉を、一つ一つ確認していく。
―――曰く、このフルダイブVRホラーゲームは怪奇現象が巻き起こる古びた洋館や廃墟、心霊スポットなどに潜入し、その元凶となる怪異や狂信者に銃器と科学力をもって立ち向かう内容なのだそうだ。
【掃除人】と呼ばれるそのプレイヤー達はチームを組んで依頼を受け、ステージの中で提示された課題をこなして報酬を得るのが主な目的だとか。
「で、何よりこのゲームのすごい所は! プレイできるステージのほとんどがプレイヤーメイドってとこなの!」
「プレイヤーメイド……、つまり一般ユーザーが作ったって事か?」
その通り!と明里は満足げに頷く。
このダークスイーパーは攻略をメインとする【掃除人】とは逆にステージを組み上げ、怪異を操ってプレイヤーを襲い、敵やボスをけしかけて殺しに掛かる対戦プレイが可能なのだそうだ。
その【黒幕】と呼ばれる存在と彼らが作り上げる狂気の世界が、このゲーム一番の醍醐味だと明里は言った。
黒幕はマップの構造から数々の罠、敵の配置やビックリポイントの設置、果ては紙片や書物のフレーバーテキストまであらゆるカスタマイズが出来るのだとか。
他の追随を許さない程の自由度ゆえに黒幕の数だけ、様々なシチュエーションのステージが楽しめて、このゲーム1本で4度も5度も美味しい思いが出来るとドヤ顔で彼女は語った。
「なのでお値段以上の価値は保証するよお兄ちゃん!!」
「でも、ホラーゲームなんだろ?」
フルダイブVR機器は学生の嗜みとして所持はしているが、光太郎はあまり率先してゲームにのめり込むタイプではなかった。それにホラーゲームというジャンルが重なってどうしても倦厭してしまう。
自分から怖い思いをしにいくのはどうにも、というのが光太郎の心境だった。
「ところでお兄ちゃん、吊り橋効果って知ってる?」
「なんだ唐突に。 知ってるけど……」
極限状態の男女が、共に危機を乗り越えた達成感と安堵感で恋愛に発展するという話だ。
「このゲーム、ここ最近のだと珍しく性別は固定なんだよね。男は男キャラ、女は女キャラって感じで。 どういうこだわりかわかんないけど」
「ほう」
「そしてこちらが、掲示板から集計したダークスイーパー内でのカップル成立の確率です」
「……48%、だと」
思わず口に出てしまった。
まるで最初から用意しておいたかのような明里のホロフォンの記事を見て、光太郎は食いついてしまった自分をごまかすように、わざとらしく笑みをこぼす。
「は、―――はっはっは。……ま、まさか明里のお兄ちゃんともあろう俺がこんな記事を信じるとでも? 侮らないでほしいね、いやまったく」
年齢=彼女いない歴を別に気にしてはいないが……いないが!
重ねて、ここのところ友人の辰巳に彼女が出来たとかで悔しい気持ちがあるが、今はそれは関係ない。揺らいでたまるものか!
「……辰巳さんもダークスイーパーやってるって前、ちらっと聞いたなぁ~」
よもや!?
「そ・れ・で! お兄ちゃん! 改めて妹からのお願いなんだけど! どーしても! どーしても! このゲームをやって欲しいんだけど、どうかなぁ?」
申し訳なさそうなお願いのポーズをする明里に、光太郎はやれやれと肩をすくめた。
―――まったく我が妹は本当におねだりが上手だ。
断るのは簡単だが、ここで兄としての甲斐性を見せておくのもいいだろう。
そう、全ては妹のためだ。
「母さんには俺から話を通しておく。 あとで招待の受け方とか教えてくれ」
「やったぁ!! お兄ちゃんチョロ……大好きッ!!」
光太郎は飛びあがってぴょんぴょこポニーテールを揺らしながら喜ぶ明里の姿に満足し、最後のセリフは聞こえなかった事にした。