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下野小山戦国異聞 関東八屋形の復興  作者: Rosen
関東享禄の内乱編
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ふたつの書状

 下野国 祇園城 小山犬王丸


 晴氏側につくことを決めた数日後、小山家に高基と晴氏のふたりから書状が届いた。片方は正式なものでもう片方は密書だったため、正式な書状だった高基から内容を確認してみる。


 高基の書状には『晴氏の嘆願の件、真に忠義の塊ではあるが、今後はこのような事に及ばずに高基に忠義を捧げるように』と書かれていた。要は嘆願の件は不問にしてやるから二度と余計な干渉をせずに自分に従えということだ。


 一見正しいことが書かれていると思われるが、嘆願の前提となる今回の高基の晴氏への処遇は理不尽なものであり、同じ戦場を共にした者として看過することはできないものだった。抗議せずに武士として戦場での働きを正しく評価できない者をそのまま容認することなどできなかった。


 高基の過ちの指摘すら許さない姿勢にはさすがの高基派も擁護の声が出なかった。それだけ晴氏謹慎の処遇はまずかった。



「昔はこんなお方ではなかったはずでしたのに、近年の公方様はどうなさったのでしょう」


「以前はもっと寛容な方でしたが、今はまるで別人のようです」



 高基派はかつての高基の姿を思い出して現状を嘆く。長年の功があったとしても最近の高基は公方としての素質を内外から疑われかけている。高基には高基なりの計算があったと思うが結果に結びついておらず、古河を劣勢に立たせているのはまぎれもない事実だった。



「おそらく小弓や上杉など上手くいかない治世に苛立ちがたまって酒に溺れたのだろう。古来より酒色に溺れてしまえば賢君すら堕落してしまう。だが困ったな。これではもし争いが起きたときに公方様に穏便に対処もしくは隠居を陳情するという策は使えなくなってしまった」



 もし陳情したところで今の高基には届かないだろうし、逆に余計な事を言ってきたと不興を買うことになるだろう。こちらが内乱を防ぐための陳情だと言っても意味がない。しかしこれで強硬に高基を支持する者が完全にいなくなり、小山家は晴氏派として固めることができた。


 公方の暴走はその勢力下に置かれている大名からしたら迷惑でしかない。身内同士の争いで自分の利益に結びつかない戦いを強いられるからだ。先代の争いでは結果として宇都宮が勝って勢力を拡大させたが、その宇都宮も家内でどちらにつくかで分裂を起こしてた。その分裂は最終的に大粛清を引き起こさせて宇都宮の内乱に繋がった。


 今回もまだ争いは起きてないが小山家でも高基派と晴氏派に別れていて意見を合致させるのも苦労した。幸い高基側から失態が相次いだおかげで高基派も晴氏派に転じたり、強硬に高基を支持しなくなったが、もしそれがなかったら家中の分裂が深刻化していた可能性もあった。


 家中の統一に手間取れば家督争い以前に他家からの介入を許すこともあり得た。それこそ伊勢守のように他家から養子を連れてくることや他家が小山家を乗っ取るために養子を送りこむかもしれない。そう考えれば早々に意見を合致できたのは大きい。


 一方晴氏の書状は密書であったため、これは俺と一部の重臣の間にしか見せないことにした。晴氏の密書には高基と高実の怠慢と横暴を訴える文面が主体となっており、後半には晴氏の祖父で岩付に隠居していた先代公方政氏の支援を受けたという記述がなされていた。また最後には小山家の助力を求める旨が記されている。



「この晴氏様の祖父とは先代公方の政氏様で間違いないのだろう。まさか政氏様が晴氏様を支援なさるとはな」


「なんと……政氏様が」



 政氏の支援という言葉に家臣たちは言葉を失っていた。それもそのはず。かつて小山家は永正の乱の際に父上を筆頭に当時当主だった祖父と祇園城に滞在していた政氏を裏切って城から追放したのだから。


 家を守るためとはいえ当時の公方を土壇場で裏切ったことは家臣たちには忘れられなかった。そして自分たちがした仕打ちに後ろめたさを感じていた家臣たちは突如晴氏を支援することに消極的になりはじめた。



「どうした、顔を見合わせて」


「御屋形様、晴氏様の支援について考え直してはくださいませんか」


「急にどうしたんだ。まさか政氏様が晴氏様を支援しているからだというんじゃないだろうな」



 図星なのか一同が黙って俯く。せっかく晴氏派で意見を合致できたのに今度は晴氏派に政氏がいることで内部に動揺が生まれてしまった。



「しかし、もし政氏様から晴氏様に我らの所業を伝えられていたら晴氏様は我らのことを信用してはくれないかもしれません」


「その懸念は理解できるが、それを理由に今更支持しないとでも言うのか?あるいは公方様につくつもりか?」



 家臣たちは答えられない。もはや高基に勝ち目が少ないことを理解しており、今更支持することをやめても逆に晴氏からの信用をなくすこともわかっていた。ただ彼らは過去の所業と政氏に怯えているのだ。



「言い方が悪かったな。だがどれだけ怯えたところで過去の出来事は変えられない。それが理由で信用されずらくなっても仕方のないことだろう。けれど未来はまだ変えられる。信用がほしいのなら晴氏様のもとで武功を挙げればよい。そうやって少しずつ信用を積み重ねるのだ」



 尤も俺が一番ほしいのは古河の平穏なんだがそれを得るには晴氏について早期に争いを終結させなければならない。下手に長引けば小山家をはじめとした古河の勢力圏の大名は疲弊し、民には重い負担をかけ、最悪他家からの侵略を受けることになる。


 俺の言葉で再び晴氏を支持する流れになりつつある家臣たちの様子を見つつ、俺は晴氏へ返事をしたためることにした。

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[良い点] 戦国時代の国人領主の嫡男の幼少時代に逆行転生する作品はいくつもありますが、この作品は当時の中世的な価値観、柵に地道に対応していて大変好ましいです。 [気になる点] 逆に主人公が天下人になる…
[良い点] 今回も面白かったです [一言] 家臣団も中々煮えきらないですね 過去の裏切りを恥じるのはわかるけど、それで今の判断を誤らせるわけにもいかないのに 家臣団を上手くまとめられるかが今章のテーマ…
2021/07/17 19:56 オーエイチエム
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