決戦の結末
一五四四年 武蔵国 忍 小山晴長
本陣を前進させる。それは消耗が激しい前線に新たな兵を投入できると同時に守りが手薄になる諸刃の剣。額に冷や汗が流れる。
しかしこのままでは遠からず戦線は崩壊してしまう。それならば僅かな可能性に賭ける他ない。
本陣の移動を見て、中央の宇都宮親綱と君島広胤が、右翼の多功房朝や小山秀行が、左翼の大俵資清や壬生周長らが激を飛ばす。士気を高めた小山の軍勢は再度敵の猛攻を凌ぎはじめた。
「怯むな!突き進め!」
飛んできた流れ矢を刀で打ち落としながら、大声で兵を鼓舞し続ける。雨は激しいままで、雷鳴も近くに落ちたのか鼓膜を刺激する。
次第にこちらに勢いが出てきた。特に右翼は上泉信綱の離脱もあり、形勢は変わりはじめていた。
「申し上げます。新田徳次郎殿、討死!」
しかし同時に諸将の落命も増えてくる。小倉越中守、塚原彦右衛門に続き、新田徳次郎も討たれた。新田は外様だったが、金山である榛名山をこちらに取られても忠節を貫いていた。
「勘助たちはまだか……!」
顔に血と泥がこびりついている。小姓がまたひとり崩れ落ちる。付近には泥にまみれた小山の旗が転がっていた。
八〇〇〇の兵も少しずつ斃れていく。一時の危機からは脱したものの、数で上回る敵を相手するのは至難の業だ。一度戦線を押し戻すことに成功したが、決め手を欠いて再び膠着状態に陥っていた。
「……厳しいな。ここまできて崩し切れないとは」
「御屋形様、これ以上前に出るのは危険でございます!」
「分かっている。分かっているが、このままでは遠からず崩れるぞ」
もはや流れ矢が飛んでくるのは珍しくない。危険なのも承知だが、それでもこの状態で大将が退けば士気に関わってくる。
「敵が前線を上げてきました!」
「憲政め、止めを刺しにきたか」
ここにきて敵が押し上げてきた。敵もこちらに気圧され気味だったが、後方からの支援を受けると勢いを取り戻す。
正直言ってかなりまずい。打てる手は打っているが、単純な兵力差は覆せない。悪天候だが、ここは平野だ。小細工を仕込めるような場所ではない。
もはやこれまで。そう思いかけた、そのときだった。
敵の後方が何やら騒がしい。それはそれまであった敵の勢いを殺しはじめた。
「何事かわからんが、好機ぞ。押し返せ!」
敵の動揺は全体に波及していく。やがて物見の兵が視界が悪い中でその原因を捉える。
「御屋形様、お味方です!お味方が敵本陣を奇襲!」
「勘助か!」
つまりは勘助ら別働隊の奇襲が成功したということだ。勘助は敵前線が上がったこのときを待っていたのか。豪雨と雷鳴で視認が遅れたのだろうか。敵本陣の混乱はあっという間に敵を動揺させた。
「味方の奇襲が成功したぞ。この戦、我々の勝ちだ!」
そう大声を上げると、周囲にいた大膳や栃木雅楽助らが「勝った!勝った!」と叫ぶ。
その勢いは全軍に波及し、状況を理解した諸将たちが兵士を鼓舞して前進する。
混乱に陥っていた敵だが、ついに背後からの攻撃に晒されると兵の逃亡が相次ぎ、部隊は呑み込まれるか、完全に潰走するかだった。
奇襲から四半刻経てば一万はいた敵は完全に総崩れとなり散り散りに逃げ去っていた。
「追撃せよ!きついだろうが、この機を逃すな!」
完全に勢いを取り戻した小山勢の追撃は迫真のものだった。逃げ惑う山内上杉の兵がひとりまたひとり討たれていく。さらにこちらが勝ったことを悟った成田勢も城から飛び出して敗走する敵を狩っていく。
やがて追撃もひと段落すると、徐々に勝利の実感が湧いてきた。
「……勝った!勝ったぞおおお!」
右手を突き上げると兵や将たちが呼応し、雨風の轟音に負けない鬨の声を上げる。
「大変お待たせいたしました」
別働隊を率いていた勘助、源太左衛門、藤蔵らが本陣に戻ってくる。
「良き奇襲だった。もう少し遅れてたらこちらが崩れるところだったがな」
「申し訳ありませぬ。向こうがなかなか隙を見せなかったゆえ」
勘助から話を聞いたところ、別働隊は迂回した上で本陣と前線に距離が空いたときに奇襲を仕掛けたようだ。つまりは敵が止めを刺さんと前線を上げたあのときだ。完全に本陣の側面を突かれた憲政らは完全に混乱したようで本陣にいた武将の多くが討たれたという。
「それで御屋形様、これを」
勘助はそう言ってとある兵を呼び寄せる。その兵が持っていたのは若い男の首であった。
「この者こそ、関東管領上杉五郎でございます」
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