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新田金山の女武者と盟約

難産でした。

 上野国 新田金山城 小山晴長


「これは驚いたな」



 あのときの若武者の正体、それは女だった。歳はまだ若く十代後半くらいか。女性にしては背は高く、甲冑も見事に着こなしていたこともあって、遠くから見れば若い男と見間違っても不思議ではなかった。



「名をなんという?」


「横瀬新六郎が妻、輝子」



 輝子と名乗った少女は憮然とした表情のまま俺を睨みつける。新六郎……横瀬泰繁の嫡男成繁のことか。



「輝子……横瀬の妻……ああ、赤井の娘か」



 前世の朧げな記憶を辿り、目の前の人間が史実で赤井輝子もしくは妙印尼と呼ばれていたことを思い出す。



「なっ、私を知っているのか!?」


「知っているというのは語弊があるが、まあそんなものだ。武勇に秀でていたのは初耳だったがな」



 まさか実家を当てられた輝子は驚いて目を見開いたが、ふと我にかえってすぐに表情を戻す。



「先の戦では勇敢な振る舞いだった。そなたの行動で敵兵が奮起しかけたほどに」


「だが、結局私は本丸に連れ戻され、城は落ちた。そして捕まった」


「ああ、しかしその武勇を讃えて丁重に扱うことを約束する。そなたの夫の無事はわからぬが、もし生きていればそちらに送り届けようではないか」


「ふん、戦場で捕らわれた女がどうして夫のもとに帰れようか」


「それも、そうだな」



 輝子の言葉に俺は軽率な言葉を悔やんだ。たしかに戦場で捕まった女性が無事だったとしてもそれを受け入れられるかは話は別だ。たとえ潔白でも口さのない者はどこにでもいる。


 そうなると実家に送ることも選択肢から消えることになる。あと残されるのは出家か、あるいは。



「先程の非礼は詫びよう。とはいえ、そなたに一武人として敬意を抱いてるのは本当だ」


「ほう。ではどうすると?今更実家や夫のもとに戻れないこの身に行先があるとでも?」


「そうだな。もしよければだが、小山に来る気はないか?」


「なっ!?」


「御屋形様!?」



 周囲の反応が少々おかしいのを見て、言葉足らずだったことに気づく。



「言葉が足らなかったな。俺の側室の侍女にならないか、と言いたかった」


「御屋形様、驚きましたぞ。てっきり側室として召されるおつもりかと」



 雅楽助の言葉に他の家臣も同意するように頷く。たしかによく考えればそう捉えられてもおかしくない発言だったな。



「侍女、か。どのみち解放されたとて尼か物乞いの身。そういうことならば、お言葉に甘えさせていただきたく」


「それは良かった。側室の喜子はそなたと歳が近いだろうから頼りにしているぞ」


「さっきまで敵だった私に送るには妙な言葉な気がするが、不肖輝子、これより下野守様に従います」



 輝子は小山行きを決断し、雅楽助に彼女の保護を命じる。


 それからしばらくして支城を落とした桐生助綱が新田金山城に到着した。



「これは下野守殿、小太郎殿。此度の救援、まことに感謝いたす。まさか足利を守れるどころか新田金山まで落とせるとは思わなんだ」



 壮年の武人である助綱は本陣を訪れると俺たちに向けて頭を下げた。



「頭を上げられよ、太炊助殿。我らは同族ではないか。それに此度の件は他人事ではなかった」


「左様。こちらも足利学校を守るという使命もあった。気になさるな」



 豊綱とともに今回の最大の被害者である助綱を労う。まさか仕えている主から討伐命令を出させるなど誰が思うだろうか。しかも桐生には非がないにもかかわらずにだ。



「しかし公方様にも困ったものだ。山内上杉の顔色を伺って配下を売るような真似をするとは」


「だが今回の戦で山内上杉は痛手を被った。しばらくは大人しくなるだろうよ」



 憤る豊綱を助綱が宥める。正直、今回の晴氏の動きは配下に疑心暗鬼を招く大失態だ。まあ、利用させてもらうが。



「ところでお二人とも、此度は新田金山を落とすことができたが、これは桐生だけでは成し遂げられないこと。このまま桐生が新田金山を所有するのは気が引ける」


「というと?」


「率直に申し上げれば、桐生が新田金山の領有する代わりに他の土地をお二人に割譲したく」



 助綱の申し出に豊綱も驚く。ある程度見返りを求めるつもりではあったが、まさか助綱の方から土地の割譲を言い出すとは思わなかった。



「こちらとしては喜ばしいことだが、本当によろしいのか?」


「たしかに家臣の中には割譲に不満を抱く者もいるだろう。だが割譲しなければ新田金山の借りが大きすぎる。それに現状岩松領を支配できるほどの人的余裕はないのもまた事実」


「そういうことならばありがたく受け取っておこう。それでどこを割譲するのだ?」



 助綱に尋ねると、彼は一瞬悩みつつも家臣から筆を受け取り、一筆したためる。



「佐野家には富士山城を、そして小山家には飛び地になってしまうが足利城を」



 なるほど。佐野には勧農城の西に位置する富士山城を与えて、小山には足利学校がある足利城を割譲か。よく考えているな。特に足利学校は現在小山家が保護している。元々上野に拠点を置く桐生にとって新田金山がとれた今、下野の足利を小山に譲ることで足利学校に気を使わなくて済む。


 そして小山からしても飛び地ではあるが足利を直接支配できる利点は非常に大きい。ある程度戦力は揃える必要はあるが、東に佐野がいることは心強い。



「なるほど、小山家はこれで良いが、佐野はどうだ?」


「こちらも問題ありませぬな」



 こうして桐生は新田金山を、佐野は富士山を、小山は足利を得ることで合意を果たす。



「此度の縁で是非小山家と同盟を結びたい」



 そして今後のことを考えて助綱は小山家との同盟を提案する。足利が飛び地であるため桐生と敵対することは避けたい。それに桐生が山内上杉の防波堤になるため、こちらにとってありがたい申し出であったので受諾する。


 さらに話は進み、話題は桐生の後継について。


 助綱は娘こそいるが男子はおらず、後継者に悩んでいた。助綱はまだまだ現役ではあるが、決して若いわけではない。さすがにそろそろ後継を決めなければと考えているらしい。



「いつか男子が生まれれば問題ないんだが、さすがに養子をとるべきか悩んでいてな」


「養子か。そういえば佐野には小太郎殿の弟がよい歳ではないか?」



 俺がさりげなく助け舟を出すと、助綱は豊綱に向き直る。



「ほう、そういえばたしかに。名は小次郎殿でしたかな?」


「そうだな。あ奴も元服したばかりだが、まだ嫁はもらってないはずだ。なるほど、有りかもしれんな」



 さすがにこの場だけでは決められないので一度持ち帰ることになったが、両者とも乗り気なようだ。


 史実では助綱の養子に豊綱の甥、つまり小次郎の子が入ったのだが、暗君だったために桐生を没落させてしまった。


 そこで俺は史実では豊綱の跡を継いだ小次郎を桐生入りさせることで桐生の没落を防ぐとともに、佐野家を確実に豊綱の子に継がせられるように画策した。


 結果は上々。正式な話は後日になるが、上手くいけば養子入りの話は成立するだろう。

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― 新着の感想 ―
小山・佐野・桐生と両毛線ブラザーズだ
待ってやした。
更新ありがとうございます。 >言葉が足らなかったな。俺の側室の侍女にならないか、と言いたかった >御屋形様、驚きましたぞ。てっきり側室として召されるおつもりかと ふふふふ。 古今東西、侍女からのお…
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