新田金山落とし
下野国 足利 小山晴長
さて、新田金山城を落とすと決めたはいいものの、課題は山積みである。まず当主助綱が新田金山城攻めを許可するか。そして攻めるにしても新田金山城やその支城をどう攻略するか、だ。
兵の消耗は防げたので兵数自体はさほど問題ではないが、敵も最低でも一〇〇〇は残っているはず。敵が戦力を新田金山城に集中させてたとしても支城を攻める間に救援に来られたら苦戦は免れない。
そんな折、助綱からの使者が現れた。その使者曰く、「支城は捨て置き。戦力を新田金山に向けよ」と。
助綱は新田金山城攻めを認めたばかりか、支城は無視して構わないと伝えてきたのだ。
「となると、新田金山に攻めるほかあるまい。段左衛門、新田金山の様子を探れるか?」
「お任せください」
姿を消した段左衛門を見て、豊綱と右京は感心した様子をしている。
「あれが加藤一族の者か。修験者とは毛色が異なるが、かなりの手練だな」
「なるほど、小山の強さの一端を知れましたな」
やがて日が暮れ始める頃、加藤一族らから新田金山城は完全に油断しており、士気が緩んでいるとの報せを受ける。
どうやら敵はこちらが攻めてこないと高を括ってるようで、兵士の中では眠りこけている者も少なくないという。
「まさに好機。これは夜襲のほかないですな」
俺の言葉に右京と豊綱も頷く。俺たちは日没と合わせて新田金山に兵を進める。近くにある只上砦に気づかれるか不安だったが、どうやら問題なかったようだ。闇夜に紛れて視認できなかったらしい。
只上砦は狼煙台を兼ねた小規模な砦だが、夜ということとこちらを視認できなかったということでなんとか通過することができた。
そしてついに敵に気づかれることなく、新田金山城下まで到着する。とはいえ、新田金山城は大規模な山城で攻略は容易ではない。
「流石はあの新田の本流の城。なかなかの壮観ですな」
「ですが、非常に静かです。情報どおり、兵は眠りについているのでしょう」
右京の言葉に豊綱も首肯し、事前に打ち合わせたとおりに新田金山城を包囲する。そして合図の法螺貝を鳴らすと一斉に鬨の声を上げて城門へ襲いかかった。
「っへ?て、敵襲!敵襲だあ!?」
敵も流石に気づいたか、あちこちで慌てた声を上げる。だが、ほとんどの兵が武装を解き、休息していた。
急いで槍や弓を拾い上げるが甲冑を着けていない者、慌てて甲冑を着込む者といたが、皆戦う準備が整っていなかった。当然、その無防備な姿は格好の的。
一部は反撃に出るが、数が少なく単発に終わってこちら側の兵に呑み込まれる。太田口から侵入した小山勢は本丸を目指して突き進む。曲がりくねった坂を登り、鍛治廓と呼ばれる曲輪に着いたときには敵は混乱状態に陥っていた。
佐野や桐生勢も順調に進んでいるようで西櫓廓、東櫓からも怒号が聞こえてくる。
「本丸までまだ距離があるぞ!一気に駆け抜けろ!」
俺の檄に応えるように兵たちは次々と曲輪を突破していく。敵も立て直しつつあったが、城内に侵入されたことや多数の兵が準備できていなかったこともあって、逃走が相次ぎ、纏まった反撃に出られなかった。
三の丸に到着すれば、逃げ惑う兵を甲高い声で一喝するひとりの若武者らしき姿があった。
「関東管領様の兵が情けない真似をするな!上州武者の誇りはないのか!」
漆黒の甲冑に薙刀を携えたその姿に違和感を覚えたが、さぞ名のある武将なのだろう。彼をそのまま放置すれば敵兵の士気が回復しかねない。
「ふむ、誰ぞ、あの武者の相手を。敵に勢いをつけさせるな」
若武者は薙刀を自在に操り、数人の兵を斬り倒していく。その姿に発破をかけられたのか、敵に勢いが出始める。しかし多勢に無勢。その若武者は最終的に討たれる前に家臣らしき者たちによって本丸方面に引き戻されていき、それによって敵の勢いもまた減退した。
そんな一幕があったが、その後は順調に曲輪を突破していき、夜が明ける頃には新田金山城を落城させることに成功した。
城主岩松氏純とその家老で岩松家を専横していた横瀬泰繁、その他山内上杉配下の武将の多くが討死に。
「御屋形様、桐生大炊助殿が新田金山の支城である矢田堀城、丸山砦、吉沢城を攻略したとのこと」
「ほう、大炊助殿も夜襲に出ていたか。おそらくこちらを囮に手薄な支城を攻めたのだろう。これで岩松領の大半が一夜にして落ちたわけだ。流石と言っておくべきか」
足利への使者の速度といい、助綱の手腕に舌を巻くしかない。特に好機への嗅覚が鋭い。一代で桐生家を拡大させただけあるな。
「御屋形様、少しよろしいでしょうか?」
重臣の栃木雅楽助が声をかけてきたが、少々様子がおかしい。なんというか、どこか困ってるような感じだ。
「なにがあった?」
「御屋形様は三の丸で現れた薙刀を持った若武者を覚えているでしょうか?」
「ああ、覚えているとも。まさか捕まえたのか?」
「はい、一応捕縛したのですが。その、扱いに困っていまして」
「なんだ、歯切れの悪い。何か問題でもあったのか」
「ええと、多分見ていただいた方が早いと思います」
そう言うと雅楽助は兵士に命じて若武者を本陣に連れてくる。その若武者が面を上げた瞬間、ようやくあのときの違和感の正体を悟った。
「……女、だと?」
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