晴氏の苦悩と困惑
下総国 古河城 足利晴氏
「馬鹿な、小四郎が幸千代王への忠誠を拒絶しただと!?」
一色八郎の報告に儂は頭を打たれたような衝撃を受けた。小四郎が古河に背くような行動に出るとは夢にも思わなかった。
「なんと不忠な!これは古河に対する反逆では?」
「多少土地が増えたことで増長したか!」
家臣たちが小四郎の行動を次々と非難していくが、儂は八郎に対して何故小四郎が拒絶したかを尋ねる。
「八郎、小四郎は何と言っていた?」
「……下野守殿は古河が小山を蔑ろにしていると」
「蔑ろに?何のことだ?小四郎には下野守護を与えたではないか」
本当に記憶にない。小山家には恩もあるが、それに対してちゃんと報いてやったつもりだ。小四郎は何が不満だったのだろうか。わからない。
しかし小山家の協力が得られないのは困る。北条に対抗するため、幸千代王を世継ぎにするためには山内上杉家や今川家だけでなく小山家の力も必要なのだ。
「手紙を出す。儂自らの言葉なら小四郎も考え直すだろう」
儂は小四郎への手紙に義兄弟のように思っているので改めて今後も古河に協力してほしい旨を記し、家臣に届けさせる。
しかし手紙では信頼していると書いたが、心のどこかで素直に従わない小四郎に対して疑心が生まれつつあった。小山家は先代の頃からよく働いてくれたが、小四郎が次代の公方に従わないとなると話は変わってくる。
坂東に北条に対抗できる勢力はそう多くない。佐竹も身内同士の争いで弱体化しており、房総の国人たちも小競り合いばかりで抜けた存在は皆無だ。
結局、小四郎からの返事は変わらず、今のままでは考えを改めることができないという。なにやら齟齬があるような気がするが、それが何なのかわからなかった。
小山家が期待できなくなれば頼れるのは山内上杉家しか残っていない。癪ではあるが、今のうちに山内上杉家とは交流を深めるしかないだろう。
当主の五郎は優秀という噂を聞かないが、家臣たちは力のある国人が多い。特に重臣の長野は今や五郎からの信頼が厚く、西上野の国人を纏めているという。娘も美人だと評判らしく、長野から妾を迎えるのもひとつの手かもしれぬな。
「公方様、山内上杉家から手紙が届きましたぞ」
「どれどれ、なるほどのう」
山内上杉家は儂が北条に与えた武蔵守護の剥奪を要求していた。元々山内上杉家のものだった武蔵守護だが、彼らが簗田の謀反に加担した際に制裁も兼ねて儂が北条に与えていた。
「これは、悩ましいな。北条から武蔵守護を剥奪すれば北条と完全な敵対状態になる。とはいえ、山内上杉家の要求を退けるわけにもいかない」
まだ北条と対決するには力が必要だ。ここで火を焚べる真似は避けたいが、そうなると山内上杉側に角が立つ。
悩む儂に八郎が助言する。
「公方様、この際どちらも武蔵守護にするのは如何でしょう。かつて下野は宇都宮と小山が同時期に守護を務めた時期もあります」
「むう、北条からの不信は買うが、それが安全策か。急いで今川や山内上杉と連携を深めなければな」
結局、北条から武蔵守護を剥奪せずに山内上杉にも武蔵守護の座を与えるという方針で固まる。案の定、北条からは反発が起きた。抗議という名の圧力が更に強まり、両者の緊張がより高まる。
そんな折、山内上杉家から更なる要求が待っていた。
「今度は上野の桐生討伐の命令が欲しいだと?桐生は古河に従っている国人だ。頷くわけにはいかない」
桐生は同族の佐野と共に古河に忠誠を誓っている家だ。いくら山内上杉家の要求でもそこは通すわけにはいかなかった。
「しかし桐生が山内上杉領を侵攻した事実がありますが」
「それでもだ。古河に従う者たちを見捨てるような真似はできん」
しかしながら拒絶したところで山内上杉の圧力は強まるばかり。最初は威勢よく断っていたが、武蔵守護の件を持ち出したり、北条のことを餌にしてきたことを受け、次第に断ることが難しくなっていった。最終的に桐生を滅さないことや切り取りは旧山内上杉領のみと約束させることで桐生侵攻を認めざるを得なくなってしまった。
後日、山内上杉と桐生が激突したと報告を受ける。桐生の軍勢の中には小山の兵が含まれていたということも。
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