源太左衛門の策略と西常陸平定
常陸国 野口 中村時長
源太左衛門の策は巧妙だった。大山や石塚に高久式部大輔が留守を狙っているという虚報を流すだけでなく、あえて高久と接触し調略を仕掛けるなど、虚報の信憑性を上げることで両者の動きを牽制させたのだ。
根も歯もない噂なら大山も一蹴しただろうが、高久はかつて大山を攻め因縁があり、仲も険悪だった。更に小山との接触も明らかになれば話は変わってくる。
大山が動こうとすれば背後を高久に突かれる。虚報の裏付けを与えられたことで大山は高久に注視せざるを得なくなった。しかも源太左衛門は高久に対して本当に大山の背後を突くことを言外に勧めていた。
大山が小山へ攻撃を仕掛けるかもしれない。もしそう動けば那珂川を渡河することになるので背後はがら空きになるだろう、と。
大山や石塚との仲が悪かった高久は源太左衛門の言葉を信じたようで兵を集め出したという。
さらに源太左衛門は大山方の孫根城主孫根彦三郎を調略。彦三郎を通じて大山因幡守に高久への警戒を植えつけた。
あまりの手腕に味方ながら背筋が寒くなる。もし彼が敵にいれば小山も同じように調略に遭っていたかもしれない。
「まだ油断はできませぬが、これで大山の動きは封じられたでしょう。今こそ宇留野城や部垂城を攻める好機です」
「見事な働きだった。そなたの手腕、まことに末恐ろしく思うぞ。これほど味方がいて嬉しかったことはない」
源太左衛門の働きによって大山の動きを封じると、万全の休養を挟んだ二〇〇〇の兵を宇留野城に進める。
大きな抵抗もなく、宇留野城を包囲すると城側は戦うことなく降伏を選んだ。どうやら城主の宇留野五郎が包囲前に逃亡してしまったらしい。城主不在となり、士気も消沈した城側は抵抗する意思もなくあっさりと開城を選んだ。
宇留野城を落としたあと、その勢いのまま久慈川沿いの部垂城へ進軍する。
部垂城は元々佐竹四郎殿が拠点としていた堅城だ。守将の前小屋備前守は宇留野五郎の逃亡を見ていたようだが、降伏を拒絶し籠城の構えをとった。
「まさか籠城するとはな。てっきり降伏するかと思ったが、あてが外れた」
「援軍の見込みがあると見たか、或いは隣国の小山に降ることを嫌ったか。どちらにせよ攻め落とすしかありませぬな」
軍議では楽観的な意見も出たが、士気の弛みと見て強く叱責する。もし、ここで敗北でもすれば御屋形様の顔に泥を塗ることになる。それだけでなく、今後の常陸での展開にも支障が出てしまう。そういった事態は避けなければならない。
敵も士気が高く、兵数も三〇〇と少なくはない。油断すれば間違いなく足元を掬われる。
「良いか、我々は御屋形様の名代として平定に来たのだ。そんな我々が油断して負けたとなれば名に傷がつくのは御屋形様だぞ。それをわかっているのか」
改めて気を引き締めるように周囲を見渡せば、先程のような緩い空気は一蹴されて皆の表情も一変していた。
「皆の者、小山の強さを常陸の国人らに示すのだ。わかったな」
「「「「応！！！」」」
完全に切り替わった小山の軍勢はもはや常陸勢をものともせず、部垂城をあっという間に攻め落とした。前小屋備前守は自刃し、部垂城の落城によって久慈川以西、那珂川以北の西常陸は小山家の手に落ちた。
部垂城の陥落を知った大山ら那珂川以南の反乱勢力はこれ以上の抵抗は無意味と判断したのか、佐竹に再度忠誠を誓うことで許しを請うた。
かくして佐竹から要請された西常陸の平定は完了し、儂らは各支城に兵を配置しつつ下野に帰還する。途中、常陸野田城の与力だった源太左衛門は野田にて別れる予定だったが、今回の戦功を鑑みて小山に共に行くよう勧めた。
源太左衛門は一度は固辞したものの、常陸野田城の谷田貝殿から同行の許可を得るとようやく承諾する。
「新参で与力の身分なのですが本当によろしいのでしょうか」
不安そうな源太左衛門殿に儂は笑いかける。
「安心なさせれよ。小山家は新参だろうが、農兵だろうが功を挙げた者は必ず評価するからな」
今回、大きな問題もなく平定できたのは源太左衛門殿の働きが大きい。もし誰か推挙できるとなれば儂は必ず彼の名を挙げるつもりだ。彼は小城の与力程度で収まる器ではない。
必ずや、御屋形様を助けてくれることだろう。
もしよろしければ評価、感想をお願いいたします。
