十六葉菊が散る頃、或いは高資の末路
下野国 佐良土 那須高資
「馬鹿な……寝返りに、壊滅だと」
信じられない報に思考が止まる。
つまり三方向全てにおいて防衛線が突破されたということか。
「御屋形様、このままでは……!」
家臣らの悲痛な声で我に返る。
兵は著しく減り、寝返りも相次いだ。だが、まだ佐竹の援軍が残っている。奴らが到着するまでなんとか生き延びるほかない。
「山田館を捨てるぞ。あそこでは防戦は無理だ。隣の金丸要害に移る」
「はっ」
金丸要害は規模も大きく、複数の廓で構成されており、守り易く攻めづらい堅牢な城だ。ここで籠もれば兵が少なくてもある程度守り切れるはず。
そんな思いで山田館に残った兵と合流を果たして金丸要害の門前まで辿り着く。
だが、その門は固く閉ざされていた。
「那須修理大夫だ!今すぐここを開けよ!」
一向に門が開かないことにしびれを切らした儂は自ら大声を上げる。
「それはできませぬ」
門の向こうから声が返ってくる。声の主は城主の金丸近江守だった。
「何をごちゃごちゃと!早う開けぬか!」
「御屋形様、いえ修理大夫殿。早くここから退いてくださいませ。これは我らの最後の義なのです」
その言葉で儂は察した。こいつも小山に寝返ったのだと。
「近江守、貴様……!貴様もかあああ!」
槍を片手に門へ突き進もうとするが、又十郎らに身体を抑えられる。
「お気持ちはわかります。ですが、近江守殿も最後の忠義を果たしておるのです!」
「近江守殿は我々を城に入れた後に捕縛することもできました。それをしなかった理由だけでもご理解ください!」
巫山戯るな巫山戯るな巫山戯るな。どいつもこいつも那須を裏切りおって。
だが必死で儂を食い止める家臣の姿を見て少しだけ冷静になる。
「ちっ、引くぞ。近江守よ、貴様が裏切った事実は消えん!次、戦場で会ったときこそ、貴様の最期だと思え!」
金丸要害での籠城という策は破綻した。追っ手が来る前に北へ北へと落ち延びていく。そして儂らは大関美作守の居城である白旗城へ向かうことにした。
日が沈んでも駆け続けたこともあって、脱落者こそいたがなんとか白旗城に入ることができた。
山田館を出るときは一五〇いた兵も脱落や逃散もあり、すでに一〇〇を切っていた。だが白旗城の兵を加えれば三〇〇近くにはなる。
「皆の者、佐竹の救援が到着するまでここで籠城することに決めた。ここも守りが堅い。佐竹の援軍がいつ到着するかわからんが、常陸に向かった壬生に期待するしかあるまい」
その夜、行水を済ませた儂は疲労もあり、部屋でうつらうつらしていると廊下の方から複数の声が聞こえてくる。
「父上、本当によろしいのですか?」
「仕方あるまい。このままでは我らの負けは明白。ならば、ここで御屋形様の首を小山に献上すればまだ生き残れるはずだ」
聞き覚えのある声だ。いや、それどころか、物覚えがついた頃からよく聞いていた声でもある。
大関美作守宗増、そしてその息子弥五郎増次!
白旗の城主である彼らはなんと己の命惜しさに儂を亡き者にしようと画策しているではないか。
傅役として長年信頼していた美作守の裏切りに身体がワナワナと震える。咄嗟に太刀を手に取ると襖を蹴破って抜き身の刃を奴らに突きつける。
「闇討ちとは見損なったぞ、美作守」
「ひいいい、御屋形様!?も、者ども、討ち取れええ!」
美作守の号令が下りる前に目の前にいた弥五郎を真横から胴を斬り落とす。
呆然としていた弥五郎の上半身が地面にずるりと落ちていく。腰から上を喪った下半身からおびただしい血が噴き出ると膝から崩れていく。
「又十郎!又十郎はおるか!」
美作守を守る敵数人を相手しながら又十郎を呼ぶと慌てた様子の又十郎らが駆けつけてくる。
「何事でございますか!?」
「美作守が裏切りおった。この城の兵は敵と考えよ!」
すぐ状況を理解した又十郎はそのまま儂と対峙していた兵を横から斬りつける。又十郎に続き、駆けつけた家臣たちも次々と抜刀し、あたりは一気に混戦状態に陥る。
そんな中、ひとり逃げようとしていた美作守を見つけると、小太刀をそのまま奴に向かって投げつける。
「ゲヒッ!?」
小太刀は美作守の頸に突き刺さり、刃が反対側に飛び出していた。
美作守は首を抑えたまま口から血泡を吐き出すと崩れ落ちていった。だが、大関親子が死んだからといって敵兵は攻撃を緩めない。むしろ敵討ちだというように攻勢に出てくる。
多勢に無勢。このままでは討たれるのも時間の問題だと判断した儂は城から離脱することにした。
寝巻きのまま厩から馬を出すとそのまま城外へ飛び出していく。
行き先を決めぬまま駆けていき、白旗城から離れた地点で振り返ると従っている者は又十郎以下数名しかいなかった。
「残ったのはこれだけか。ついに十を切ったか」
儂の空笑いが虚しく夜道に響く。
「……境明神峠を通り、常陸に行くぞ。もはや下野に我らの居場所はない」
「この又十郎、最期まで付き従いますぞ」
「ふっ、良き忠臣を得た」
だが次の瞬間、何処からか風音が聞こえたと思えば鈍い音が近くから響いた。
ドサリと地面に倒れる音。
その音の主は又十郎だった。彼の眉間には矢が突き刺さっている。即死だった。
「っっっ敵襲か!?」
同時に矢の雨が儂らに降り注ぐ。咄嗟に逃れようとするが、馬に矢が何本も刺さり、儂は馬から投げ出された。
「御屋形様、お、落ち武者狩りです!……ぐえっ」
家臣から最悪の答えが返ってきた。気づけば甲冑も着てない農民たちが槍や弓を構えながら儂らを包囲していた。
「なんだなんだ。粗末な格好してるから大したことないと思ってたが、どうやら身分が高いお侍のようだぞ」
「なら首を差し出せば大金を貰えるべか?」
「なら、その首、オラのもんじゃ!」
すでに家臣たちは力尽きている。残ったのは儂ひとり。もはや生存は絶望的だが、農民如きにこの首を渡してたまるものか。
だが儂が動こうとした瞬間、矢が両肩を射抜き、持っていた太刀が地面に転がる。
次は左膝を槍で貫かれる。
無様に地面に転げ落ちると奴らがじわりじわりと近寄ってくる。
「くるな……貴様らにこの修理大夫の首を渡すつもりはないぞ」
睨みつけるが、それでも奴らはニヤニヤと笑みを浮かべながら得物を向けてくる。
「命乞いだべか?」
「はっ、誰がそんな真似するか、下郎」
次の瞬間、奴らの得物が儂に襲いかかった。
これで高資視点は最期になります。
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