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小口の戦い

 下野国 小口 那須高資


 小山の軍勢が松野南城を包囲している。城主松野上総介は山田館に詰めており、今、城に籠っているのは城代の高柳次郎兵衛という男だったはずだ。



「敵は二〇〇〇ほどか。だが松野南城は堀切が何重もある堅固な城。そう簡単には落ちないだろう」



 そうは言ったが、松野の主力は山田館にいるので、城に残ってる兵はおそらく多くはない。入っているのも多くが領民に違いない。



「又十郎、お前に半数の兵を貸す。松野南城の後詰に向かえ。但し、一度二度打ち合った後、逃げるように退くのだ。奴らをここまでおびき寄せろ」



 所謂、釣り野伏せというやつだ。


 又十郎は黙って頷くと、すぐさま準備にとりかかった。


 兵力で劣る状態でまともに後詰に向かっても蹴散らされるのが関の山。ならばこちらの士気の低さを装って敵に油断を誘うべきだろう。


 とはいえ大将格まで吊り出せるかはわからん。城攻めに主力を残して、一部の戦力でこちらを叩いてくるかもしれん。まあ、そのときは返り討ちにするだけだが。


 又十郎率いる一〇〇の別働隊が小口川沿いを通って松野南城へ向かっていく。すでに城側では戦が始まっており、鬨の声がここまで響いてきた。


 状況が変わったのは又十郎を行かせてからしばらくしてのことだった。


 鬨の声が止んだ。代わりに聞こえたのは歓声だ。



「何が起きた?」



 家臣が斥候を向かわせ、帰ってきた斥候が短く伝える。



「松野南城、降伏!」


「ちっ、後詰が来るまで耐えられなかったか。だが好都合でもある。これならば本隊ごとおびき出せるぞ」



 城が落ちた今、敵の主力が城に張り付く必要がない。又十郎が上手く引きつければ大将の側面を突けるはずだ。


 小口の山麓で息を潜め、又十郎の動きを待つ。すでに敵と交戦しており、鬨の声が聞こえる。


 そして合図の法螺貝が鳴る。彼方此方で撤退を報せる声が上がり、又十郎らが山田館のある方向へ下がっていく。


 それを総崩れと判断した敵は追撃を選択し、逃げる那須の兵を追いかけ始めた。那須の兵がひとり、またひとりと小口の地を横切っていく。次第に小山の兵も視認できるようになっていった。



「まだだ。まだ動くな」



 先陣を叩いても意味がない。狙いは敵の大将のみ。



「……見えた」



 顔までは見えないが豪勢な甲冑を身につけた武者を確認した。


 その瞬間、儂は叫ぶ。



「今だ、かかれ!かかれ!」



 怒声とともに山麓から飛び出すと、敵の側面を突くような形で奇襲をかける。突如出現した儂らに小山の兵は恐慌状態に陥り、一瞬足が止まった。


 その隙を見逃すはずもなく、儂らは一気に大将首を狙って切り込んでいく。



「狙いは大将首のみぞ!他の首は捨て置け」



 儂の号令に家臣たちも血が滾る。



「首は捨て置きだそうだ!なら手柄を挙げるには大将首しかあるめえや」


「大将首だ、大将首寄越せ!」



 笑いながら敵陣に突入していく兵たちに満足しながら儂も漆が塗られた漆黒の槍を携えて駆けていく。



「反転せよ!今こそ那須の武士の意地を見せるときぞ!」



 遠くから又十郎の声も聞こえる。別働隊も攻勢に転じ、混乱状態の小山勢へ向かっていく。


 挟み討ちにされた小山勢は混乱もあって数の利を生かせずに後退しかけていた。


 怖気付く小山の弱兵を屠りながら、儂はあの甲冑の武者がいる場所まで迫る。


 ようやくその姿を捉えると、武者の正体は儂を烏山から追いやった次郎だった。


 小山の大将ではなかったが、これは自らの手で仇敵を討ち取る千載一遇の好機でもある。



「次郎おおおお!!!」



 儂の怒号に気づいた次郎は慌てて付近の兵に儂を討つように命じるが、そんな弱兵に討たれる儂ではない。


 槍を薙ぎ払い、雑兵の首を飛ばすと返り血を浴びながら次郎に狙いを定める。次郎は顔を青く染めたまま動けない。


 だがそこにひとりの武者が割り込んできた。奴は槍を突き出してきたが、儂は馬上で身体を捻って躱すと、槍の柄を掴んでそのままへし折った。



「また儂の邪魔をするか、常陸介えええ!!」



 千本常陸介は無言のまま折れた槍を捨てると、大太刀を抜いて刃をこちらに向ける。


 互いに馬上から得物を振り回すが、今度は常陸介がこちらの槍の先端を鋭い一太刀で切り落とす。だが儂はそのまま槍の柄を奴の首へ叩きつける。


 常陸介は咄嗟に身体を捩って受け止めるが、そのまま落馬して地面に叩きつけられる。受け身をとったが、落馬の衝撃に身動きがとれない常陸介にとどめを差そうとしたとき、別の方角から大きな鬨の声が聞こえてきた。


 思わずそちらの方向を向けば、西から新たな軍勢がこちらに迫っているではないか。


 もしや箒川方面にいた敵か?いや、それにしては動きが早すぎる。となると、まさか喜連川に向かっていた部隊か!


 だがあちらには金枝や戸田といった支城があったはず。まさか全て落とされたのか!?


 味方の救援を目撃した小山勢は息を吹き返しはじめ、戦況は一気に逆転してしまっていた。これでは常陸介を討ったところで、すでに勝機は逸してる。



「命拾いしたな、常陸介。総員、撤退!死に物狂いで山田館まで戻れ!」



 撤退の指示を出しながら儂は敵陣の中央を突破しながら又十郎らと合流して、そのまま敵の援軍に挟まれる前に戦線を離脱した。


 小口から佐良土という地に辿り着いた頃には従っていた兵は三〇にまで減っていた。


 そこに戦前、斥候に出していた兵が合流する。



「一大事です!佐久山殿、福原殿が寝返り。蘆野殿は討死し、箒川方面の部隊は壊滅しました」

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