高資による那須領防衛戦
一部修正しました。
下野国 山田館 那須高資
ようやく農閑期に入り、飢饉の状況から脱せられたが、それでも那須の食糧は不足していた。
「やはりこのままでは冬を越すのは厳しいな。今度は沢村あたりの村を襲うか。小山の村なら蓄えもそれなりにあるはずだろう」
飢饉の影響で那須の食糧事情は厳しい。元々米も多く穫れる地域ではなく、前年までの飢饉と病によって収穫量がさらに減っていた。
いつものどおり、小山の村から略奪と企てていると、家臣のひとりが慌てた様子で駆け込んできた。
「申し上げます。小山が我らを討つために兵を起こしました!」
「ほう、痛い目を見たことを忘れて、懲りない奴らだ」
あのときは入江野と葛城を奪われたが、その代わり小山一族の重鎮ひとりを結果的に死に追い込むことができた。その前にも壬生の暗躍で小山の重臣数人を消すことに成功している。
小山がかなりの痛手を負ったことは確かだ。弔い合戦を目論んでいるのかもしれないが、こちらも易々と負けてやるつもりはない。いっそ、今度は総大将でも討ち取ってやろうではないか。
「し、しかし、その数、およそ五〇〇〇……!」
「ご、五〇〇〇だと!?」
「馬鹿な……多すぎる!」
先ほど儂のように士気が上がっていた家臣たちは敵の数を聞くと途端に動揺を見せはじめた。五〇〇〇、近年なかなか見ない数字ではある。
「ええい、狼狽えるな愚か者が!数が全てではないことくらい、我らが一番わかっているはずだろうが。それに、もし本当に五〇〇〇いたとして、そんな大軍を賄えるほど食糧に余裕があるとは思えん」
儂が一喝すればざわめいていた家臣たちも落ち着きを取り戻す。だがまだ不安は拭えきれていない。
「しかし、それでも五〇〇〇を単独で相手するのは……」
「それくらいわかっておるわ。そのための佐竹との同盟だ。奴らに借りを多くつくるのは癪だが、背に腹はかえられん」
「ですが、境明神峠は白河の手に落ちておりますぞ」
問題はそこだ。佐竹め、易々と白河の侵攻を許して領土を削られるとは、なんて情けないことか。おかげで境明神峠も白河領になってしまった。噂では白河は小山と懇意しているらしい。
もし佐竹の援軍を得られても下野に入るにはその白河領か、または部垂領を通過しなければならない。だが多少の無理を押してでも今は援軍がほしい。
「壬生中務少輔、お前には常陸の太田城に赴き、佐竹の援軍を要請してきてもらう。小山に潜伏していたお前なら敵地を突破することは難しくあるまい」
「……ははっ」
壬生は外様だが要領が良いので色々と使える。奴もここを追われれば居場所がなくなるのでどんな仕事もこなすので便利だ。
「美作守、兵はどれほど集まる?」
「そ……それなのですが、飢饉と病が続いたこともあって集められても五〇〇程度が限界かと」
かつて俺の傅役だった大関美作守は叱責が怖いのか、おずおずと答えた。
「五〇〇か。まあ、いいだろう。十倍なんぞ、戦略次第でどうにでもなる」
とはいえ、さすがに野戦を仕掛けるのは愚策か。儂は佐竹の援軍の到着を見越し、籠城策をとることに決めた。
だが次第に敵の情報が入ってくるにつれ、状況は変わりはじめる。
小山は五〇〇〇の兵を箒川方面、那珂川方面、そして喜連川方面と三手に分けて進軍してきた。一見、分散は愚策にも見えるが、那須は山が多く、大軍を一ヶ所に留めると却って身動きがとれなくなるのだ。
三方向からの攻撃となれば、籠城はもはや有効とは言えない。援軍到着のためとはいえ、各地の支城が落とされていくのを指を咥えて見守るようでは士気にも関わるからだ。
そこで山田館の守りをあえて薄くして、その兵を箒川方面と那珂川方面に伏兵として配置させることにした。おそらくいずれかの軍勢に小山の総大将がいるはずだ。
難所である喜連川から侵入してくる敵については突破の困難さを考慮して兵は配置しなかった。あそこに総大将がいるとは思えないし、金枝城をはじめとした支城が多く密集しているので、こちらの兵がいなくても侵攻を食い止められると見た。
そして儂は那珂川方面に赴き、小口という地に兵を潜ませる。箒川方面には重臣の蘆野を向かわせているが、あちらには同じ重臣の佐久山や福原がいるのでどうにかするだろう。
儂が那珂川方面を選んだ理由は、敵が烏山から侵攻してくるということは、あの憎き次郎も来ていると見たからだ。
ここで奴を討てれば儂の烏山への返り咲きも容易くなるはずだ。そして総大将がいればついでに討ち取ってしまえばよい。
時は経て、各地で狼煙が上がる。金枝城から、松野南城から。小山がきた。
だが、佐久山城などがある箒川方面からは、いまだに狼煙が上がらない。
「どういうことだ?」
「まだ到着していないのでしょうか?」
儂の疑問に那須七騎のひとり、伊王野又十郎が答えるが、どこか不安そうな様子だった。
「ちっ、面倒だが、斥候を向かわせるか」
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