螺子と火縄銃
下野国 祇園城 小山晴長
「よう、御屋形様。待たせたな」
螺子が完成したということで踏鞴戸平兵衛が祇園城を訪れていた。踏鞴戸の村と祇園城は距離があるため、普段は加藤一族を使って連絡を取り合っていたが、ついにこの時を迎えることができた。
平兵衛は小さな箱を取り出すと、そこには雄螺子と雌螺子の一対が収まっていた。
「これが頼まれていた螺子ってやつだ」
「ほう、まさに図面どおりの形をしているな。螺旋もしっかり刻まれている」
平兵衛が差し出した雄螺子と雌螺子を手に取って隅々までよく見てみると、流石は下野一の職人と呼ばれることあって見事な出来だった。
「実に見事だ。我ながら中々の無茶を言ったと思ったが、よく成し遂げてくれた」
「へへっ、螺子自体はそう大したことはなかったぜ。だが問題は内側の螺旋だ。あれを刻むのになかなか骨が折れた。おかげで時間がかかっちまった。その代わり村の連中にも出来るように指導しといたぜ」
平兵衛は謙遜するが、未知の部品を一年ほどで完成させた腕前は流石だ。これで螺子製造の技術が身につけば、今後の火縄銃製造の際に大きく役立つだろう。
「だがあんな珍妙な物を作らせて何が目的だ?」
疑問を呈した平兵衛に俺は含みのある笑みを浮かべた。
「そうだな。今教えてもいいが、どうせなら明日にしようか。明日になれば面白いものが見れるからな」
「面白いもの、だあ?」
「ああ、その螺子も関係してくる面白いものだ」
その言葉で平兵衛は興味をそそられたようで、明日に全てを教えることになった。そう、明日、彼らが帰ってくる。例の物を携えて。
「楽しみは明日にとって置くとして、褒美を与えなければな。平兵衛は伊佐野一帯の支配権に興味はあるか?」
俺が考えたのは踏鞴戸村もある伊佐野という地を領土として与えるというものだったが、平兵衛は首を横に振った。
「伊佐野一帯ちゅう、でけえ土地を与えられるのは人によっては破格の褒美だろうが、生憎儂にはでかすぎる。儂みたいな奴には踏鞴戸を治めるのが精一杯だ」
「ならば何か望みはあるか?」
「そうだな……なら、銭かあ?」
ならばと俺は褒美として金額を提示すると、逆に平兵衛は恐縮した風に慌て出す。
「おいおいおい、いくらなんでも貰いすぎじゃねえか!?」
「一年拘束させたんだ。これくらいは当然だろう。設備投資や治水にでも好きに使ってくれ」
そう告げると、平兵衛もようやく首を縦に振り、褒美を受け取ることにしたようだ。
「それに今後も色々と作ってもらう予定だからな」
平兵衛と会った翌日、彼らは祇園城の大広間で俺から歓待を受けていた。大広間には平兵衛の姿もあった。
「津田殿、銭屋殿、よく戻られた。無事で何よりだ。それで例の物は?」
「はい、こちらでございます」
倭寇との密貿易という難しい取引を成功させた堺の商人である津田助五郎は大きなふたつの桐の筒を俺に献上する。側近の栃木雅楽頭が俺の許可を得て、筒の蓋を開けて中身を取り出す。
現れたのは──火縄銃。
「「「おおおっ」」」
大広間に集まった重臣らはその見慣れない形にどよめきの声を上げる。
「これが例の?」
「はい、銃というものでございます」
雅楽頭から火縄銃を受け取るとずっしりとした重さが手に伝わる。立ち上がり、銃を外に向けて構えてみると全身の筋肉が使われているのを感じる。
このような感触になるのかと感心していると、助五郎らが驚いたというように目を丸くする。
「し、下野守様、なぜ使い方をご存知で?」
「む、ああ、なんとなくだな」
嘘である。実際は前世の知識で知っていた。
だがそんなことを知らない彼らはなんとか自身を納得させていたが、まだ完全には納得できていないようだ。
「そうだ、皆はこれが変わった棒にしか見えないだろう。これからこの道具の使い方を実演してもらう。頼むぞ」
俺は火縄銃を助五郎らと同行していた小山の家臣に手渡す。
舞台は大広間の庭。火縄銃を持った家臣から少し離れた位置に棒に立てられた皿が用意される。
彼は火縄銃の銃口に火薬を詰めると、火蓋を開いてこちらにも火薬を注入する。そして火蓋を閉じ、火ばさみを半分上げて火が点いた火縄を挟むなどの工程を終えて皿に向かって構えると轟音とともに弾丸が発射される。
音とともに皿が砕け散ると大広間から歓声が沸き上がった。
「これは素晴らしいですな!」
「言うならば木砲の小型版か。時間がかかっているのが気になるが」
「しかしこれは数が揃えば脅威になりますぞ」
「だが値段が高すぎるな」
家臣たちは早速火縄銃の効果と使用方法について論議し始める。ここで拒否反応が出ないのは木砲で慣れているからか。
「実に素晴らしかったぞ。よくやってくれた。これは褒美を弾ませなければな」
「ははっ、であれば、もしよろしければ銭屋と天王寺屋に焼酎や石鹸の販売の許可をお願いできればと」
助五郎が低頭平身ながら焼酎と石鹸といった小山の商品の流通に一枚噛ませてほしいと言う。
しかし、そこにはすでに下野屋や清原家が絡んでいる。ここで天王寺屋や銭屋を加えれば身内での争いが起きてしまうし、無断で承諾してしまえば、それは彼らに不義理を働くことになる。
その旨を指摘すると、助五郎は彼らの販売を邪魔するわけではなく、西国に販売経路を設けたいという。下野屋や清原家は西国に手を出していないので問題はないが、この件に関しては一度彼らに相談した上で結論を出すことにした。
助五郎らが下がった後、俺は平兵衛を呼び出して火縄銃を触らせる。
「どうだ、平兵衛?」
「こりゃあ興味深い代物だな。どうやら内部も複雑な造りになってやがる」
平兵衛は様々な角度から火縄銃を観察し、時折何か考える風に虚空を見つめる。
「平兵衛、これを造ることはできるか?」
「……いいのか?」
「むしろこちらが頼みたいことなのだが。そちらこそ引き受けてくれるのか?」
一瞬キョトンとした平兵衛だったが、不敵な笑みを浮かべると火縄銃を掲げる。
「こんな面白い物見せられたら魂が疼くってもんよ。それに螺子を作らせた理由もこれだろ」
「ああ、その通りだ。それにも螺子が使われている。一丁を渡すから好きに扱え」
「ありがてえ話だが、これ高いんだろう?」
その後、一丁あたりの費用を明かすと、平兵衛の顔が青ざめていた。
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