風は北より、波は南より
下野国 祇園城 小山晴長
俺は段蔵の手引きによって、祇園城に到着した真田一族と対面を果たした。
「遠路遥々よく来てくれた。下野守護の小山下野守だ」
「真田源太左衛門と申します。一度断った身かつ、返事が遅れしまい、誠に申し訳ごさいませぬ」
真田源太左衛門はまだ若いようだが、どこか苦労が滲み出ているように見える。
「なに、真田殿の境遇を考えれば当然のこと。あまり気になさるな。それよりも段蔵から話は聞いた。本当によろしいか?」
「はっ、たしかに帰郷したいという思いがあるのも真でございます。しかしながらそれ以上に、この小山家に仕えて新たな未来を切り拓きたいのです」
未来を切り拓く。いい言葉だ。
源太左衛門の言葉を受け、本当に小山家に仕える意思があることを確認した俺は源太左衛門らの登用を決定し、かつて簗田の支配下だった小薬郷に領地を与える。決して貫高が高いわけではないが、家族を養える程度にはあるはずだ。
まずは祇園城で様々なことを学んでもらい、能力を示せれば相応の地位を与えるつもりだ。土地勘がないだろうから、谷田貝治部あたりに案内を任せても良いかもしれない。
小山家で真田一族の登用が決まった一方、北では蘆名が代替わりがあった。当主の盛舜が隠居し、その嫡男である盛氏が跡を継いだ。この盛氏は俺のひとつ歳下で正室に伊達稙宗の娘を迎えている。
盛氏からの手紙では今後も親しく付き合いという旨が記されていた。俺は返事とともに当主就任の祝いとして焼酎を会津へ贈る。
蘆名は重要な通商相手として、那須の動向に関わらず、今後も仲良くしていきたいと思っている。そして北に友好勢力がいれば、坂東に集中することができるという利点もあった。
ところが、相模では坂東を揺るがす事態が起きていた。
北条家の二代目、氏綱がこの世を去った。
数年前から病気がちになっていたが、今年に入ってから病状が悪化したようだった。
次期当主は氏綱の嫡男氏康が継ぐが、まだ二十代ということもあり、周囲の評判はさほど高くはない。また幼少期の噂から愚鈍と評する者もいる。
史実を知っている身からすれば、それはとんだ間違いだとわかっているが、今の氏康が霞むように見えるほど、氏綱が偉大だったということもある。
一応小山家も北条家との付き合いがあるのでお悔やみの手紙と使者を送ることにした。そういえば氏綱は小山産の商品を評価していたらしい。惜しい人物を亡くしたものだ。
氏綱の死に伴い、山内・扇谷の両上杉家の動きが活発化し始めた。目の上のたんこぶだった氏綱がいなくなり、後継が若い氏康だと知ると奪われてきた武蔵を取り戻す好機と判断したのだろう。
とりわけ山内上杉家当主憲政にとって北条は憎き相手だ。晴氏に働きかけて、それまで山内上杉家の役職だった武蔵国の守護職を名乗っているからだ。
憲政も依然武蔵国守護職を名乗ってはいるが、北条は公方である晴氏のお墨付きだ。自然と周囲では武蔵国守護職は北条という認識に変わっていた。憲政からすれば武蔵国守護職を奪われたと言っても過言ではない。
農繁期が終われば間違いなく両上杉家と北条の間で戦が起きるだろう。その勝敗によっては今後の情勢に大きな影響を与える可能性が高い。
もし北条が敗れたら氏康は大したことないと判断され、武蔵の国人も判断を変えるかもしれない。そうなれば両上杉家は息を吹き返すことになるだろう。
小山家に直接の被害は出ないだろうが、北条の弱体化と上杉の復活は坂東を再び混乱に陥れる危険がある。武蔵を中心に戦乱の嵐になるかもしれない。
そんな中、久々に晴氏から手紙が届いたと思えば、その内容につい舌打ちが漏れてしまう。
手紙には氏康に対する愚痴が延々と綴られていたのだ。
一体何事か思えば、どうやら氏康から晴氏の妻である氏康の姉の警護として北条から人員を受け入れるように言われたらしい。
晴氏はこれを干渉だと捉えて断固拒否したそうだが、簗田の反乱で北条に大きな恩ができてしまった古河には断る力がなく、泣く泣く受け入れたという。
簗田やそれに従った幕臣を処罰したことで、現状古河の筆頭家老に一色直朝、重臣に二階堂やその一族と所謂文治派が権力を握っている状態だが、今回の北条の介入によってそれが崩されるだろうと晴氏は考えているようだ。
最後には氏康の行動次第では小山家も力を貸すようにと〆られていた。
「また小山家を都合の良い道具だと思っているな」
晴氏とは付き合いは長いが、近年小山家に対する態度が悪い意味で変わってきていると感じてしまう。
まるで小山家は味方になって当然、公方に尽くすのが当然という風に。
たしかに今まで晴氏のために尽力したのは事実ではある。だがこのような振る舞いをさせるために力を貸した訳ではない。
このような振る舞いが続くとなれば、いずれ人心が離れることになるだろう。そうなる前に自分で気づいてくれたらとは思うが。
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