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竹犬丸の傅役

 下野国 祇園城 小山晴長


 一五四一年を迎えて俺の嫡男である竹犬丸も数え年で四つとなった。牛痘のおかげか流行り病に罹ることなく、ここまですくすくと成長している。言葉も少しずつ覚えており、会話もできるようになった。



「そろそろ竹犬にも傅役をつける時期か?」



 今回の議題は竹犬丸についてだった。物心がつく歳になってきたのでそろそろ傅役をつけても良いではなかろうか。



「そうですなあ。御屋形様も同じくらいの歳で大膳大夫殿が付きましたし、頃合いかと」



 古参の粟宮伯耆守が傅役をつけることに賛意を示す。他の家臣も異論はなく、反対する者はいなかった。



「では傅役はどうしようか」



 傅役は竹犬丸の成長の上で非常に重要な事項だ。ここの人選次第で良くも悪くも竹犬丸に大きな影響を与える。もし誤った人間を選べば竹犬丸の価値観などが歪められる可能性だってあるのだ。


 本音を言えば勘助あたりに任せたかったが、勘助は那須攻めには欠かせない人間だ。わざわざ祇園城に傅役として呼び戻すわけにはいかないし、今後も軍事面で重要な役割を果たすことが期待されている。残念だが別の人間を選ぶべきだろう。


 話し合いの末、何人か候補が挙がったが、最終的に一門の小山右馬助が傅役に選ばれた。人望も厚く、人格面や教養面でも不足なしと判断された右馬助はこれを承諾。


 また庶長子だった石若丸改め昌達(しょうたつ)以外の倅たちはまだ元服してないが、嫡男の鷹千代は元服が近いということもあり、竹犬丸の小姓として新たに任命する。



「竹犬の世話は任せるぞ。但し、絶対俺と竹犬を比べるような真似はするな。自分で言うのもあれだが俺は異端の存在だ。手本にしてはいけない」


「ははっ」


「いいか、竹犬には普通の子供として接するんだ。竹犬が自分でやりたがらない限り、俺の幼少期みたいなことを強要するなよ」



 前世の記憶がある俺と違って竹犬丸は普通の子供だ。そんな子供に高度な勉学や内政を押し付けてはいけない。


 おそらく右馬助なら上手く対応してくれると思うが、幼少期の俺との比較は誰かから出てくるだろうな。俺が比較するなと厳命したところで人の心を縛ることはできない。できるだけ不用意に竹犬丸を傷つけるような真似はしたくない。



「ちちうえ」



 傅役が決まり、一段落ついたところに俺を呼ぶ幼い声が聞こえてきた。その声の主は廊下からひょっこりと顔だけ出していた。後ろでは侍女が慌てていた。



「おお、竹犬か。何か用かな?」



 俺が竹犬丸に声をかけると、竹犬はチラリと集まっていた家臣を一瞬だけ見ると、そのままトコトコと俺のもとに駆け寄ってくる。


 侍女は顔を真っ青にしながら止めようしたが、俺が気にするなと声をかけて竹犬丸を抱き寄せる。俺の膝の上に乗った竹犬丸は俺を見上げる。



「ちちうえ、たけいぬは、むぎをとるところがみたいです」


「ほう、麦とな?とるところ、というと収穫の光景が見たいということか」



 竹犬はコクリと頷く。


 珍しいお願いに家臣たちも少しざわめく。



「なぜ興味を持ったかはわからんが、いい勉強になるだろう。よし、許可しよう」


「では櫓の上はいかがでしょう?あそこなら城内から城下の田畑が一望できますぞ!」


「ふむ、伯耆守の提案も良いが、どうせならもっと近い距離で見るべきだろう」



 もしやと、ギョッとした表情を浮かべる右馬助ら。竹犬丸はその空気に気づかないまま俺の裾を掴んでいる。



「御屋形様、まさかと思いますが」


「そのまさかだ。直接城下に赴き、目の前で収穫を見させるつもりだ。そちらの方が勉強になるだろう」


「しかし若様を城下になど危のうございます」



 伯耆守や他の家臣もそう危惧を伝える。



「なに、俺も同行するつもりだ。もちろん供も連れて行く」


「それは余計に危のうございますぞ!」


「そなたらの気持ちもよくわかる。だがこれは必要なことなのだ。竹犬に勉強させるためにも、今後のためにも」


「そこまで言われればこちらは従うほかありますまい。ですが万が一のことがございますゆえ」


「わかっている。栃木や加藤らも連れて行くさ。それと右馬助もちょうど良い機会だ。竹犬と顔合わせがてらついてくるが良い」



 そう言って準備を整えると俺と竹犬、そして右馬助や鷹千代、栃木、加藤らを従えて城下のとある村へ向かう。それはかつて俺が小さい頃に開発と実験を行なったあの村だった。

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