長秀の死と東部戦線再編成
一五四一年 下野国 祇園城 小山晴長
長秀叔父上が亡くなった。戦傷から破傷風を患い、最期は自刃して果てた。破傷風の末路を知る叔父上が他者の手を煩わせるのを嫌がってのことだった。長年家を支えてきた重鎮の早すぎる死は、小山家に衝撃を与えた。
正直、喪失感は大きい。長秀叔父上は俺が小さい頃から何かと目をかけてくれていた。父から家督を継いだあとも幼い俺に従って小山家を支えていた。飛山城に移ってからは東部戦線の総大将として活躍し、今後も那須攻略に向けて重要な役割をこなしてくれるはずだった。身内を亡くしたのは大膳大夫以来か。それでも大膳大夫のときと違って唐突だったこともあり、現実とは思えなかった。
自分の下した葛城・入江野攻めの決断には後悔していない。飢饉や八郎のこともあり、家中の那須への不満が高まっていたので、今回那須攻めなかった場合、家中で暴発する危険があった。ただ代償が大きすぎたのだ。
長秀叔父上の死で東部戦線は再編成をしなければならない。嫡子の嶺千代改め九郎秀行は従軍経験こそあれど大将としての経験は皆無だ。そんな未熟な九郎をいきなり叔父上の後釜に据えれば大きな混乱が生じるだろう。それは経験豊富な副将を置いても同じこと。指揮系統が混乱し、九郎はお飾りと化す可能性が高い。
それを念頭に家臣と熟慮を重ねた結果、東部戦線の総大将には経験豊富な宇都宮隼人正親綱を任ずることに決定した。そして九郎には東部戦線に留まり、一武将として経験を積ませることにした。
この決定に一部の者たちからは異論が噴出する。小山の人間が家臣の指揮下になることはよろしくないということだ。勿論、そういった懸念は理解できるが、家格に拘り本質を蔑ろにするのは愚の骨頂。対那須において経験のない若者を総大将に据えるほど小山家に余裕があるわけではない。九郎にはまず部隊を率いる経験から積んでもらいたい。
「しかし九郎様が納得するかどうか……」
家臣のひとり、塚原左京がそう言い淀む。
「仕方あるまい。敵はあの那須だ。そこらの国人ならば九郎を据えても良かったが、佐竹も控えてる中で未熟な大将は弱点にしかならん。隼人正にはやりづらい環境かもしれんがな」
八郎の件や叔父上の件もあり、小山家は今人材が少々不足している。足利学校からの引き抜きが最終段階にあるとはいえ、彼らが育つには時間が必要だ。
それに今回の戦で東部戦線に少なくない損害が出ている。後釜に親綱を据えたが、それだけでは不十分だ。新たに武将を投入しなければならない。
「では大俵殿と壬生殿はいかがでしょうか」
「助九郎らか。悪くないな。お互い落ち着いてきただろうし、ずっと内政させるには勿体無い人材だ」
特に資清は元々那須の重臣だ。土地勘もあるだろう。壬生周長も北部が落ち着いているので動かしても問題あるまい。
資清がいた壬生城には小姓をしている助三郎を代理に置くことにしよう。奴もそろそろ次の経験を積む時期だ。実務仲間が減ることになる政景叔父上には申し訳ないが、これも東部戦線再編成のため。
これで東部戦線の面々は総大将宇都宮親綱以下多功房朝、大俵資清、壬生周長、横田綱維、小山秀行、山本勘助、新田徳次郎、野沢若狭守らとなる。
後詰として宇都宮城の政景叔父上らが控えているが主に那須攻略の最前線となる面子は彼らだ。
葛城と入江野が最前線となり飛山との間に拠点の築城計画も進められている。といっても小規模な砦の予定で狼煙台の役割が主となる。
那須もいつ葛城や入江野の奪回に動いてくるかわからない。戦力的には決して多くないはずだが、先の戦のように相手は数の差を覆す力を持っている。油断は禁物だ。
那須との決戦が近づいてくる中、今度は佐野から連絡が届く。
「ほう、佐野は本格的に足利長尾を滅ぼす算段らしい」
義弟の佐野豊綱は上野国の桐生らと手を組んで足利長尾方の勧農城や足利城を攻め落とすようだ。足利長尾の当主憲長は古河攻めに失敗して山内上杉での立場を失ったようで足利に引き籠っているという。内政すら投げ出したことで人望を更に失い、足利長尾の内部からも離反が相次いでいるとのこと。
これを好機と捉えた豊綱は桐生らを誘い、足利長尾攻めを敢行するということだった。上杉憲政からの信用も失った憲長に味方する者は皆無で、せいぜい新田金山城の横瀬泰繁の動きに警戒するくらいだ。
こちらからは那須への対応のため援軍は送れないが、健闘を祈ることを手紙に記して佐野へ返信する。
ついに下野国西部でも決着がつくのかと深い息が漏れた。
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