半助の謀反の顛末
下野国 祇園城 小山晴長
小山半助らが企てた謀反の鎮圧は一戦を交えることなく静かに幕を下ろした。三郎太ら鎮圧部隊およそ七〇〇が榎本城を包囲すると白装束を身に纏った八郎が半助や右衛門尉らを捕縛して投降したという。榎本城には米目当てで小山領に入ってきた流民たちが集まっていたらしいが、八郎は彼らを使うことはなかった。
八郎が言うには、「元々この謀反は先手を打って祇園城を急襲しなければ勝ち目がなかった。先に城を囲まれた時点でこちらの負けだった」。
どうやら八郎はこの謀反の成功の可否について半信半疑だったようで、先にこちらに動かれたことでこれ以上の抵抗は無駄だと判断したようだ。半助らは八郎に捕縛されてからも騒いでいたが、こちらの兵数に殺気を向けられて意気消沈した。
八郎を筆頭に半助、右衛門尉、四郎右衛門らの身柄を抑えることはできたが、半助を唆したと思われる相羽左近の姿はなかった。八郎も捕えようとしたらしいが気づいたら姿を消していたという。
彼が包囲される直前に逃げたのかどうかもわからない。三郎太も兵に左近の行方を追うよう命じたが、そもそも半助すらも左近の素顔を見たことがないという。常に頭巾と布で顔を隠していた左近を見つけ出すのは至難の業だった。
しばらくして半助らを連れて三郎太が祇園城に帰還する。半助、八郎、右衛門尉、四郎右衛門は縄で捕縛されたまま本丸の敷地に座らされる。俺が姿を現すと四方を兵士に囲まれながらも半助は俺に食ってかかる。
「おのれ、父の仇!」
話には聞いていたが、本当に俺を仇だと思っているのか。俺に敵意を向けた半助は近くにいた兵士の棒によって組み伏せられた。顔を土で汚しながらも半助の視線は俺から逸らさない。
「土佐守のことは残念だった。だがお前の考えているようなことは一切おこなっていない。彼が種痘を打たなかったのは彼自身の決断だ」
「嘘だ!?」
「嘘ではない。お前の家来たちもそう諫言したはずだ」
違う、嘘だ、とうめく半助に呆れる周囲。父を失ったことには同情するが、嘯かれたとはいえその結果が陰謀論に陥って謀反とは土佐守も草葉の陰で嘆いているだろうよ。
「違う……そんなはずはない。だって左近はそんなこと一言も……」
「その左近とやらは本当に正しいことを言っているのか?報告を聞けば謀反を唆したのも左近というではないか。本当にそれは信じるに値する言葉だったか?まわりの声を聞かなかったのか?」
俺の言葉を受けて語気が途端に弱くなる。思い当たる節があったのだろう。仮にも一門である土佐守家の人間が謀反を企てるなんて止めないわけがない。実際半助の家臣たちは左近の言うことを信じないように諫言していた。
「じゃ、じゃあ、本当に父はただの病死だった……?」
「打たなかったのは土佐守の判断だ。老齢の自分より未来ある若者たちのためにな。これは小山家中では知られている話だ」
「そ、そんな、それでは本当に自分は騙されただけ……?」
絶望した表情を浮かべる半助だが、その認識はまだ甘かった。いくら左近を信用していたとしても他の人間は諌めていたし、土佐守の死の情報なら探そうと思えば簡単に知ることはできた。それすら怠り、思い込みと思慮の浅さで周囲を巻き込み謀反までおこなうまで行くと情状酌量の余地はない。
ついに現実を認識して黙ってしまった半助から視線を離し、今度は八郎へ向ける。
「八郎、お前なら半助の間違いを止められたはずだ。なぜ見当違いの謀反に付き合おうとした?元々勝ち目すら薄いことも分かっていただろう」
「はっ。儂も愚かだったということよ。最期にあんたに一泡吹かせるなら馬鹿な謀反でもなんでも良かった」
半助とは違って潔く自嘲する八郎だが、包囲された際に兵に抵抗しないように呼びかけて徹底抗戦を唱えた半助らを捕縛した経緯がある。そのため家中からはその功に免じて助命を求める声も上がった。だが八郎はその声を一蹴する。
「半助たちを捕まえたのは儂の自己満足のためだ。命乞いのためじゃねえ。儂は己の感情に従って御屋形様に刃を向けた。そのけじめはしっかりつけなければならんのだ」
これ以上言うことはないと八郎は口を閉ざす。もはやこれまでと判断した俺は沙汰を言い渡す。
小山半助、水野谷八郎、水野谷右衛門尉、遠藤四郎右衛門は切腹。主犯の土佐守家、八郎の後任だった右衛門尉も加担した水野谷家は取り潰し。遠藤家は当主交代とした。
これによって一門と古参の重臣だった水野谷と遠藤が失脚ということになり、これは小山にとっても痛手ではあった。
彼らの最期は思川の河原でおこなわれた。特に勇猛さで知られていた八郎の最期では涙ぐむ者も出たという。首は数日晒されたあと、近くの寺に葬られた。
水野谷家の取り潰しによって榎本城は小山家直轄となり水野谷と無縁な者が城代に派遣された。長年水野谷の支配を受けていた地域ゆえ苦労することも多いだろうが、こちらもできる限りの支援はおこなう予定だ。
八郎らが抜けた重臣の席には新たな侍大将として農民育ちの藤倉藤蔵が収まることになった。異例の出世に藤蔵自身は驚いていたが、戦場での働きは申し分なかった。人格面も問題ない。今後覚えることが多いだろうが、彼の能力を考えれば期待に応えてくれるだろう。
だが未遂に終わったとはいえ、一門の人間が謀反を起こしたことは家中に動揺を与えた。特に半助の言い分を信じれば相羽左近という胡散臭い人間ひとりにしてやられたということになる。その左近の行方もわかっていない。重臣を失い、黒幕の正体もわからないまま。小山家としては一方的にしてやられてしまった形だ。
そんなある日の夜、珍しく血相を変えた段蔵が駆け込んでくる。
「御屋形様、五郎が深手を!」
「なに、五郎がだと!?」
五郎は謀反の鎮圧の前に俺が密命を与えた加藤一族の男だ。俺はすぐに五郎のもとに向かうとそこには全身血塗れで息も絶え絶えの五郎の姿があった。
「お……や、かたさま」
「五郎、無理して話すな。段蔵、すぐに三喜殿のもとに!」
「いえ、……これは、いま、言わなければ……」
五郎は震える手で懐から書状らしきものを取り出すと介抱していた他の加藤一族の人間に渡す。そしてこう告げたのだった。
「相羽左近の、正体は……壬生下総。あの中務の、息子です」
そこまで言い終えると五郎は意識を失う。幸いまだ息はあった。すぐに城下の田代三喜のもとへ運ぶよう命じる。
そこには俺と段蔵だけが残る。五郎から託された書状の中身には全てが記されていた。相羽左近のことも。その正体も。
そしてそこに那須が関与していたことも。
「段蔵、俺は決めたぞ。必ずや那須を滅ぼす。苛烈な報復としてな」
自分が思った以上に低い声が出る。小山を混乱させた借りはしっかり返させてもらおうか。
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