表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
305/343

扇谷の新鋭

 下野国 祇園城 小山晴長


 下総で結城晴勝の元服がおこなわれた一方、武蔵にも大きな動きがあった。扇谷上杉が北条方の城である武蔵の石戸城を急襲して落としたという。どうやら寡兵で不意をついたらしい。


 石戸城は江戸と忍、松山をつなぐ交通の要衝で上杉朝康の支配下に置かれていた。長年防戦一方だった扇谷上杉の突然の奇襲に油断していた石戸城は混乱し、あっという間に陥落。城代の上田某は討死にしたと噂された。


 この奇襲で名を挙げたのは太田源五郎というまだ二十にも達していない若武者だった。この男こそ今回の奇襲を指揮し、扇谷上杉に石戸城を取り戻させた功労者である。まだ二、三回ほどの出陣しか経験してないのにもかかわらず、今回の大将に抜擢されただけでなく、この奇襲の作戦立案もしたという。


 源五郎の末恐ろしい才能に扇谷上杉側は歓喜しているらしい。というのも、ひと月ほど前に山内上杉方の重臣であり武蔵守護代の大石定久が北条に降ったばかりだったからだ。今後はさらに北条の侵攻が進むと予想されていただけに今回の勝利は両上杉に勇気を与える結果となった。


 一方で北条にとって石戸城失陥は北武蔵侵攻において手痛い敗戦だろう。特に自らを扇谷上杉嫡流を主張している朝康にとって同じく扇谷上杉の当主を名乗る五郎、元服して朝定に城を奪われるのは屈辱のはずだ。


 そういった要素も相まって北条による石戸城の奪回はすぐにおこなわれるだろう。おそらく北条は武蔵の戦力を石戸に向かわせる。石戸がどちらに転ぶかによって今後の戦況が左右されるかもしれない。


 もし扇谷上杉が石戸城を死守できれば、その背後にいる山内上杉も重い腰を上げて全面的に扇谷上杉の支援に回り、攻勢に出る可能性が高い。山内上杉も勢力を北条に削られている今、転機と捉えて反撃に出れば北条もそう簡単に武蔵の侵攻を進めることはできないはずだ。


 それにしても太田源五郎か。これほどの逸材が扇谷上杉に埋まっていたとはな。確信は持てないが、多分史実における太田資正かもしれない。この世界の岩付太田は北条に滅ぼされていたが、まさか生き残っていたとは。


 もし本当に彼が史実の太田資正ならば北条にとって今後も強敵となることだろう。特に実家を北条に滅ぼされていることもあって史実以上に反北条の姿勢を貫いても不思議ではない。


 ここで扇谷上杉が息を吹き返せば坂東はより混沌になる。古河も盤石ではなくなった今、かつての権威は地に落ちつつある。今はまだ公方や関東管領の権威もある程度効力があるだろうが、数年後も絶対に続いているとは断言できない。史実なら北条の勢力が広がることになるが、この世界では北条は史実ほど広い領土を持っていないので失速もあり得る。


 小山は今でこそ下野に集中しているが、今後のことを考えるとこの坂東の混沌は決して歓迎できるものではない。


 現に陸奥の白河からは那須高資が同盟を結ぼうと接触してきたという報告を受けている。当主の直広はそれを一蹴したが、高資に同調しかけた者もいたという。また同時に佐竹も動きを見せていると警戒を呼びかけていた。


 こちらは飢饉と流行り病に備えて積極的に動かないつもりだが、それらがくるとは思っていない他勢力は当然領土獲得に動いてくる。白河も遠回しに早く高資を滅ぼしてほしいと言っているのだろう。佐竹に圧迫されている向こうの気持ちも理解できなくはない。


 ここまでくると、もはや史実での各勢力の動きは当てにならない。自らの目で見定める他ないのだ。


 数日前から続く雨が今の坂東事情を示しているのか、空は曇天が覆い、昼でもまるで夜のような暗さで室内には灯りが燈されている。



「まるで昨年と似た天候ですな」


「あのときは思川の氾濫こそ回避できたが、二年続いての大雨となるとさすがに心配だ」


「御屋形様は以前から天候のことに言及していらっしゃったが、まさか現実のものになるとはのう」


「今年の収穫は大丈夫だろうか」



 家臣たちはこの悪天候に不安の声を漏らす。去年さえ洪水の危険に備えて妻子を避難させていただけに今年も雨が続いているとなると不安の方が勝っていた。



「正直天候だけは我々ではどうすることもできん。だが万が一に備えて策は立ててきた。堤防や備蓄米がそうだ。もちろんそれで万全かと言えば違うが、過度に心配しても仕方があるまい。ただ何が起きても良いように河川には注意するように。決して単独で川に近づいてはならん」


「「「ははっ」」」



 だが家臣が恐れているのは河川だけではない。俺が散々警戒を呼びかけていたアレが現実になることだろう。


 流行り病の、発生を。

もしよろしければ評価、感想をお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます 太田資正が久々登場で面白かったです! 誼を結ぶ為に晴長から1度会ってみたいと書状を出してみると今後の伏線になるので面白いと考察します 次回更新待ってます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ