若王丸の元服
一部修正いたしました。
下総国 結城城 結城政勝
祇園城に向かった山川讃岐守によると小山は笠間との同盟には消極的な様子で同盟の返事を保留されたという。おそらく小山は那須討伐に注力したいのだろう。現状常陸に手を出すつもりがないかもしれん。
しかしながら結城としては笠間が佐竹や大掾の防波堤として機能しているうちは滅んでほしくはない。そのために笠間には後ろ盾として小山と結んでもらうことを期待していたのだが仕方あるまい。時期が落ち着いたらもう一度打診するべきか。
小山も茂木や益子、那須次郎と最近庇護下に置いた勢力が多く、それに加えて笠間となればこれ以上戦力を割く余裕はないか。笠間とすればあてが外れることにはなるが、ここで無理強いして関係が悪化することは避けなければならない。
あの笠間の当主への説明が面倒だが背に腹は変えられん。笠間の当主は決して物分かりが良い方ではないが、小山と結城の事情を説明すれば理解は得られるはずだ。
こちらも小田の戦いが佳境に入りつつある。ここで笠間を敵に回したくはないが、説得次第では厄介なことになりそうだ。
「そうだ、烏帽子親の方はどうなった?」
「そちらにつきましてはご快諾をいただきました」
それはよかった。あの病弱な若王が元服を迎えられることすら奇跡に近く、元服の話を進めているうちに涙する者も多かった。特に傅役の玉岡八郎は若王が元服することが決まった時点で涙が止まらなかった。それだけ若王が今日まで生き永らえていることは結城家中にとって大きなことなのだ。
若王は生まれつき身体が弱く、よく体調を崩していた。勉学はできたが武芸できるほどの体力はなく、そのか弱さから元服まで生きられるのかと心配されていた。
そんな若王の転機が小山領での療養だった。小山家が領内に名医である田代三喜を招き、医学校を設立した話を聞きつけた儂は藁に縋る気持ちで療養を頼み込んだ。義弟である小四郎は快く受け入れてくれただけでなく、わざわざ三喜とその弟子たちを宛がったのだ。おかげで若王の体調は以前より改善されて、やや病弱ながらも日常生活を問題なく過ごすことができるようになった。
まだ無茶な動きは無理だが、ある程度の体力がついたことで若王自身もより活動的になり、表情も明るくなった。そして元服ができる歳まで生きてくれたのだ。本当に小四郎には頭が上がらない。
そんな小四郎が若王の烏帽子親を快諾してくれた。出会った当初は一国人の倅に過ぎなかった彼は今や下野の大半を支配する下野守護となっており、勢力も結城より遥かに強大だ。しかしながら小山家は昔と変わらないまま結城家と接しており、結城家も小山家の商いの力の恩恵を受けている。おかげで結城家は勢力の大きさと比べてやや裕福ではある。その下野守護が烏帽子親となることは若王にとって箔になるだろう。
そして元服の儀当日、小四郎は護衛の兵を伴って結城城を訪れる。
「おうおう、あのときの坊があんなに立派になりよって」
「父上、頼みますから、そういったことは口にしないでくださいね」
孫の元服ということで隠居して第一線から離れていた父も儀に参列している。父は小四郎と会うのは皆川の件のとき以来らしい。たしかにあの後は儂が当主になったから直接顔を合わす機会はないか。
「これは義兄上にご隠居殿。この度は烏帽子親に指名してくださり感謝していますぞ」
「それはこちらの言葉だ。烏帽子親を引き受けていただけるとは」
軽く談笑したあと、小四郎が今度は父の方に向き直る。
「ご隠居殿、お元気そうでなにより。こうして会うのはもう十年ぶりくらいですかな?」
「最後に会ったのが皆川の件だったからのう。あのときの幼子が今や下野守護とは時の流れが早い早い」
「あのときは未熟も未熟で結城家にはご迷惑をおかけしましたなあ」
長年の同盟相手とはいえ相手は下野守護なのだが父上。儂がヒヤヒヤしてる中でも父と小四郎は楽しそうに話している。胃が痛む前に、と儂はふたりの会話を遮る。
「そ、そろそろ儀が始まるゆえ、おふたりとも準備の方をお願いしたい」
「うむ、烏帽子親か。誰かの烏帽子親になるのは初めてだから緊張するな。そうだ、おふたりとも、例の件で公方様に許諾を得ることができたぞ」
「ほう、守護殿の初めてが我が孫か。光栄じゃのう」
父の言動に胃を痛めながらも儂らは元服の儀の準備を進めて本番が訪れる。
若王は緊張した面持ちだったが儀自体は何も問題が起こることなく無事に進行することができた。
「では元服にあたり、某の晴の字を与えようぞ。これは公方様の許可も得ている」
「ありがたく頂戴いたします。これより若王丸改め、結城三九郎晴勝と名乗ってまいります」
小四郎はこの元服にあたって事前に公方様に晴の字の偏諱について許可を求めてくれていた。もし長の字ならば色々と問題になると読んだからだ。
儀が終わると宴会になるが、元服を果たした若王いや三九郎の立派な姿を見て家臣だけでなく儂や父の目にも光るものが溢れだしていた。
「今日まで生きてくれて本当にありがとう……」
「父上、必ずや皆の期待にお応えして、立派な当主として結城を背負ってまいりますぞ」
「ああ、ああ……頼りにしているぞ」
本来なら三九郎の諱は朝や広が結城の通字のため晴朝の方が自然ですが、史実の結城晴朝との混同を防ぐためにあえて晴勝としました。ご了承ください。
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