常備兵
下野国 祇園城 小山晴長
「常備兵……以前御屋形がおっしゃっていた恒常的な軍団のことでしたかな」
「ああ、あのときは費用面の問題で断念したが、今の小山家の規模ならばその問題も解決できるはずだ。それにそろそろ導入しなければ色々な問題が生じてくる」
「ここ最近は戦続きでしたからな。民が疲弊しつつあります」
勘助は溜息をつく。特に下野東部での戦が続いており、その地域の民も小山の支配から日が浅い。不満は高まりやすいだろう。
「昔ならば小競り合い程度で済んだが、今は規模も頻度も変わってしまった。徐々に民の消耗も増えてきた。ここらで本格的に移行をしなければ後々民からの反逆を受けることになる」
勘助との会話で常備兵の必要性を説くと、勘助も近年の状況から見て常備兵への移行に反対するつもりはないようだ。
「問題は最初はどの程度の規模にするのか、だ。将来的には全てを常備兵にしたいが今すぐは非現実的だろう。まずは祇園城や宇都宮城などを中心に一〇〇から三〇〇ほどから始めたいところよ」
「お待ちください、御屋形様。その前に常備兵が具体的にどのような働きをするのか説明していただきたい」
「おっと、すまない、早まったな」
俺はとある図を取り出して勘助に見せる。それは常備兵について俺が密かにしたためたものだ。
常備兵とは簡単に言えばよりよい装備をし、より高い練度を誇るプロの兵士だ。彼らには土地の代わりに金銭が支払われる。また内部にも序列はあり、指揮系統も明瞭にしていている。軍曹などの名称はこの時代では分かりづらいので図には彼らの序列に足軽、足軽組頭などと表記している。
それらが記されている図を熟読した勘助は図から目を離す。
「御屋形様、この熟練された兵は民兵と比べて大きな力の差が生じますか?」
「実物を見ない限り断言できないが、おそらく雲泥の差になるだろうな。それこそ多少の数の差を覆せるほどには」
「そうですか。儂も同意見です。費用面は今後の課題にはなりますが、是非とも導入すべき制度ではあります」
勘助は課題を挙げつつも導入することには賛同する。やはり費用面の確保が課題になるか。常備兵を導入した歴史上のどの国も予算の確保に苦労しており、時代によっては縮小されたりしている。下野一国程度の小山家では常備兵を大量に抱えることはできないだろう。おそらく主要な城に配置できる程度しかならない。だが上手く兵の入れ替えができれば質の高い兵士の確保ができるだろう。
「あとはその練度の高い兵士の作り方だな。どこか部隊への指導が上手い者がいればいいのだが」
「それならば右馬助殿が適任かと」
勘助が挙げたのは小山右馬助だった。たしかに右馬助は小山家の中でも屈指の武人だ。
「宇都宮や壬生が滅びた今、勝山の戦略的価値は低下しました。このまま無為に城代をさせるより新たな役割を与えた方が右馬助殿にとっても良い刺激になるかと」
「それもそうか。そうなると他の人員配置も見直す時期に差し掛かるな」
特に対宇都宮や壬生、塩谷で配置した人員については相手の滅亡や服属によって各支城の戦略的価値が低下している。経験を積んだ者を祇園城に呼び戻したり、主要な城に配置することも考えなくてはな。
「よし、右馬助には使いを送って常備兵の指導役を打診してみるか。本人の希望次第にはなるが、右馬助が教官になればより質の高い兵士を育てることはできるだろう」
勘助からの賛同を得たことで本格的に家臣を集めて常備兵の創設について話し合うことに決めた。その後、勘助とは初期の編成や制度について改善点を出し合い、何点か修正を加えた。
後日、勘助含めた家臣らを集めて常備兵の創設を提言する。何人かはやはり予算面を気にしていたが、初期は祇園城のみで募集をし、規模も二〇〇にすることを明示すると彼らも納得し賛同に回る。
初期とはいえ二〇〇は少ないと思うかもしれないが、教官役が限られていることや悪戯に練度の低い人間を集めても仕方がない。ある程度練度が上がり、教官役をこなせる人間が増えれば徐々に増やしていく予定だ。
とりあえずの目標は常備兵一〇〇〇までだな。民が限界を迎える前にある程度の数は確保しておきたいところだ。
「御屋形様、教官役についてなのですが」
家臣のひとり、遠藤四郎右衛門尉が声を上げる。
「どうした?」
「はっ、もしよろしければ足利学校から誰か呼ぶのはいかがでしょうか。武人というわけではないと思いますが、軍略の知識はあると思いますので」
「足利学校か……足利長尾の力が弱まっているとは聞いているが。段蔵、どうだ?」
「間違いなく以前より足利長尾の影響力は落ちております。今なら足利学校への介入も容易いかと」
末席の段蔵がそう意見を述べる。足利学校。あそこには様々な学を修めた者が在籍している。勢力が拡大している今こそ大規模な人員登用もありかもしれない。
「段蔵、皆川城代の岩上九郎三郎らとともに足利学校の者と接触を試みてくれ」
「承知」
もしよろしければ評価、感想をお願いいたします。