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喜子と小山家の人間

 下野国 祇園城 小山晴長


 祝言の儀を終えた俺は喜子を小山家の人間と対面させていた。



「喜子、この人が俺の母上だ。普段は城内にある万年寺で過ごしている」



 母は父の死後は尼となって父が葬られている万年寺で菩提を弔っている。普段も万年寺で過ごすことを好んでおり、住職とともに寺の清掃や読経などをこなしていた。竹犬丸が生まれたばかりのときはいぬと共によく富士の世話をしてくれていた。



「そして隣にいるのが正室の富士。後ろにいるのが妹のいぬ、その夫の三郎太だ」


「お初にお目にかかります。清原が娘、喜子と申します。若輩者ではございますが、よろしくお願いいたします」


「小四郎様の正室、富士です。慣れない環境だとは思うけど何かあったら私が力になりますよ」



 富士が柔和な笑顔で喜子に挨拶すると、喜子は表情を明るくさせる。



「あ、ありがとうございます。お姉様」



 その瞬間、富士の背後に稲妻が走ったのを幻視した。



「まあ、まあ、まあ。なんて可愛らしいの!是非今後ともお姉様って呼んでほしいわ」



 途端に早口になった富士の様子を見て後ろに控えていたいぬがまた始まったとばかりに半目の呆れた表情をしている。俺と視線が合うと兄妹の以心伝心で彼女の言いたいことが伝わってきた。


 どうやら富士は小さくて可愛いものに目がないようだ。たしかに喜子は小柄で容貌もやや幼く見える。そんな少女にお姉様と言われては庇護欲を刺激されても仕方ない。



「落ち着け富士。喜子が驚いているだろう」


「……はっ、ごごごめんなさい!」



 詫びる富士に喜子は首を横に振って気にしていないと告げる。



「むしろ、嬉しかった、です。私、姉という存在に憧れていたので。本当にお姉様と呼んでも良いんですか」


「もちろん。これから共に小四郎様を支えていきましょう」



 友情?姉妹愛?が芽生えたようでなによりだ。次に喜子の視線がいぬに向かう。そしていぬも喜子をジッと見つめる。



「「…………」」



 しばらくの沈黙ののち、両者はコクリと頷き合う。


 謎の空気感に周囲が置いてけぼりになってることに気づいたいぬが解説する。



「ん、多分この子(人)と馬が合う(合うと思います)」



 まさかのハモリに俺らは思わず笑いがこぼれる。よかった、喜子が小山に馴染めるか心配だったがこの様子じゃ杞憂なようだ。



「ああ、なるほど。たしかにいぬ殿と雰囲気が似ているな。多分性格も。そりゃ馬が合うわけだ」


「ほう、三郎太もいぬのことをわかってきたではないか。これは子宝もそう遠くはなさそうだな」



 三郎太のことを揶揄うと三郎太は珍しく赤面して小声で俺に告げる。



「その、事が落ち着いたら報告しようと思ったのですが、いぬ殿が懐妊いたしました」


「はあ!?本当か!」


「ちょっ、声が大きいです御屋形様!」



 すまん、と詫びるがそりゃ妹が懐妊したとなれば驚くに決まっている。まさかいぬも子を授かるとはな。佐野に嫁いださちと比べていぬはやや華奢な身体つきで病弱ではないが、かといって特別丈夫というわけでもなかった。


 そんないぬも懐妊するまでになったのかと思うと時の流れの早さを感じる。思えば母も昔と比べて皺も増えているし、古参の家臣も白髪が混じりはじめていたりしていた。



「とにかくめでたいな。男にできることは無事に産まれることを願うのみだがな」


「やはり神仏に祈るべきですか」


「もちろんだ。あとはいぬの要望にできる限り応えてやれ」


「かしこまりました」



 俺が少し大きい声を出してしまったせいでいぬの懐妊も明らかになり、周囲は大盛り上がりになっていた。


 するとそれに驚いたのか、離れた部屋から竹犬の大きな泣き声が聞こえてくる。



「おっとこれは大声を出しすぎてしまったな。侍女には悪いことをした」


「もう、竹犬があそこまで泣くと私が直接あやさないと泣き止まないんですからね」



 富士はそう言うと竹犬をあやしに部屋をあとにする。



「兄様、あとで富士義姉様の機嫌とった方がいいと思う」


「そ、そうだな」



 いぬも富士のあとを追って部屋から出ていく。


 部屋に残されたのはあらあらと言いつつもにこにこしている母とどうするべきかちょっとオロオロしてる喜子、そして妻たちを見送るしかなかった男衆だけだった。

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