都から来た花嫁
今回は少し短いです。
下野国 藤岡 清原喜子
「そろそろ下野に入りますぞ」
護衛の兵士さんが私に声をかける。清原家は比較的裕福な公家だけど兵力はないので小山様がわざわざ護衛の兵士さんを派遣してくださった。小山様の兵士さんたちは皆親切で初めての長旅である私を気遣ってくれる。たしかに最初はちょっと疲れたけど、初めて見る景色ばかりでいつしか楽しみが増えていた。
坂東に入ってからは相模の小田原、武蔵の江戸、忍、上野の館林とやらを経由したけど小田原は都ほどではないけどかなりの賑わいがあって面白い街だった。北に進むごとにどんどんのどかになっていくけど、都では見れない緑溢れる景色は私を退屈にさせなかった。
「おそらくですが今日中に祇園城に到着できるでしょう」
「まあ、ようやく小山様にお会いできるのね」
「とはいえ遅くにはなりそうですから祝言は翌日以降でしょう。本日は難しいかと」
「む、残念」
早くお会いしたいのだけど、祝言当日でないと顔を合わせてはいけない。都を発つ前にお父様から小山様がどんな方なのか聞いてはいるけど、お父様自身も直接お会いしたことないから内容が抽象的で参考にしづらい。
兵士さんにそれとなく聞いてみると、良い人とは言ってくれるけど実際にお会いして判断してほしいと詳しいことは話してくれなかった。
「下野に入ったらまずは藤岡城で一度休憩いたしましょう。すでに使者を向かわせております」
兵士さんの言われるまま下野に入ると先程ののどかな光景とは違って少しずつ行き交う人が増えてきたような気がする。
「これも御屋形様のおかげです。関所の多くを廃止にしたおかげでここまで人が行き来するようになったのです。はじめは反発こそありましたが、今では関所があったとき以上の収益があるだとか」
「難しい話はわからないけれど、素晴らしいことをしたのね」
「ええ、もちろん。祇園城下に行けばもっと賑やかですよ」
そうこうしているうちに私たちは藤岡城というお城に到着した。城主の藤岡様の言付けでしばらく城内で休み、昼頃に城を発つ。
そして再び祇園城へ歩みを進めると兵士さんが言っていたとおりどんどん人の行き来が増えて小田原に近い雰囲気を感じた。
城下は店や家が多く立ち並び人々の威勢の良い声があちこちから聞こえてくる。
「四郎様、食べ過ぎですぞ」
「いや、だって、この団子が美味すぎてだな……」
茶屋からも愉快そうな声が聞こえる。
「ここは賑やかね」
「賑やかなのは苦手ですか?」
「多分家にいたときは苦手だったかも。でも今は悪くないと感じるわ」
賑やかな城下を抜けて祇園城に到着する。小山様とはまだお会いできないので伝言をいただき、今日は疲れを癒すために早めに部屋に案内されて休むことになった。祝言は明日おこなうという。
そして翌日、祝言がおこなわれる。化粧の間に案内されて侍女らに支度を整わせるとついに小山様とお会いすることになった。
「お初にお目にかかる。小山下野守晴長と申す。小四郎とも旦那様など好きに呼んでほしい、清原の姫」
「……旦那様。清原が娘、喜子と申します。その、あの……」
「うん、どうかしたのかな?」
ああ、この気持ちどこか懐かしい。そうだ、あのときお父様に小山様いや旦那様のことを聞かされたときだ。あのときのときめきがより増して私を支配している。
「その、初恋が恋に昇華してちょっとどきどきしてます……」
今の私の顔は真っ赤に染まっているだろう。だって旦那様が昔の私が妄想した理想の旦那様そのものだったから。お声も、顔つきもお父様や兄上たちとも違う。なんというか百人のうち百人が振り向く美形とは違うけど私の心が強く惹かれていた。
「詩的な表現だ。君のお父上からは書物が好きだと聞いていたが、それに恥じない教養の持ち主なようだ。と、もうこんな時間か。もう準備は整っている。さて儀をおこなうとしよう」
そして祝言を終えた私たちは身を清めてから寝所で共に夜を過ごしたのだった。
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