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氏康と小太郎と

一部修正しました。

 相模国 小田原城 北条氏康


 ここ最近病に侵された父上が眠りにつく時間が早くなっている。今日も日没と同じ時間帯で眠ってしまっていた。


 日に日に起床時間が減りつつある父上を見て先が長くないことは儂以外にも悟られていた。


 当主は父上のままだが実務のほとんどが儂に移譲されており、万が一の事にも備えられてはいる。だが不安は尽きない。今まで領土を拡大してきた父上の役割を本当に自分が果たせるかどうか、そしてそんな儂に家臣たちは従ってくれるだろうかと。


 息子たちもまだ小さい。彼らのために家を保たなければならないが大きな難題が残されている。


 現在北条家は今川と山内上杉と敵対している状態だ。特に河東を巡って今川と戦になったことで武蔵への侵攻速度が落ちている。扇谷上杉は虫の息だが山内上杉が背後にいるのが厄介だ。当主は愚鈍だが兵力だけはあるので一進一退の攻防が続いている。


 河東も油断ならない状況で、もし父上の状態が周囲に知られたら敵に寝返る者も出てくるかもしれない。そして万が一父上が亡くなったあともそういった離反を防ぐには儂が父上に劣らない当主であることを示さなければならない。


 父上の警備を小姓に任せた儂は色々と考えを巡らせながら自室で月を見上げながらひとり酒を嗜んでいると突如一陣の風が舞う。



「……ずいぶんと早い帰りだな、小太郎」


「関宿が落ちれば我のやることはない。あとは親父殿の仕事だ」



 風とともに儂の背後に小太郎の姿が現れる。最初やられたときは驚いたが、今となってはいつものことと流している。慣れというのは怖いな。



「それで関宿はどうだった?」


「あまり手応えがある相手ではなかったな。古河公方とやらも初めて見たが、多少は賢いようだがそれだけだ。ああ、その代わりに面白い奴には会ったな」


「面白い奴?」



 小太郎がそういったことを言うのは珍しい。こういってはなんだが、小太郎はかなり変わっており、独自の判断基準を持っている。公方ですら気に入らなければ平気でこき下ろすのだ。そんな彼が面白いというほどの人物とは一体何者だろうか。



「下野守護、小山下野守という男よ」


「………………」



 小山、下野守。まさかここでその名を聞くことになるとはな。一瞬表情が歪みそうになるもこれまでの経験を総動員して表情を殺す。



「下野守か。なかなか先進的な考えをもつ者とは聞いているが」


「それについては知らん。我が興味を抱いたのは奴が我の気配に気づいたからだ」


「なにっ、小太郎に気づいただと!?」



 儂は驚きを隠さなかった。小太郎は風間の中でも屈指の実力者でそれは頭領の孫右衛門をも凌ぐ。小太郎の管理を任されている儂ですら気配を掴めるまで数年かかったのだ。



「あ奴にも良い乱破がついているようだっだが、我に気づけたのは乱破の気配に慣れていただけではあるまい。それに我の姿に動じる様子すらなかった。なかなかの武辺者よ」


「政策面が目立っていたゆえに武芸は不得意とばかり思い込んでいたが、認識を改めるべきだな」


「あれは面白い。久々に興味が湧いた」



 ククククッと嗤う小太郎を見て、かつて下野守に抱いていた対抗心が再び芽生え始めてくる。歳を重ねて自身を律せるようになったと思っていたが、まだ若い頃の感情を飲み込めていなかったようだ。


 若き日に父上の口から出た歳下の少年の名に嫉妬したあのときの心情が蘇ってくる。


 もしや儂は下野守が自身が尊敬あるいは信頼している父上や小太郎に興味を持たれたことに嫉妬しているのだろうか。


 我ながら大人げないな。何もなかったあのときと比べて今の儂は色々学んできたではないか。周囲から期待されていなかったあのときとは違う。



「若、どうした?」


「いや、なんでもない。それで小太郎には下野守はどう見えた?」



 小太郎はわずかに考え込む。



「……野風、か」


「野風とはまた荒々しい例えだな」


「我にもどうして野風なのかはよくわからん。なぜかそう思った。まあ、その野風もしばらくは忙しくなりそうだかな」


「というと?」


「これは関宿を発つ前に手下から聞いた報告だが、那須壱岐守が死んだ」



 那須壱岐守。たしか那須の先代当主だったはずだ。少し前に現当主の修理大夫と和解したばかりと聞いていたが。



「病か?」


「いや、殺された。修理大夫にな」


「なんだと?」



 詳しく聞き出してみると、どうやら壱岐守は小山家との戦に敗れて落ち延びていた修理大夫一行を隠居先だった山田館に匿っていたらしい。和解したばかりとはいえ、長年争っていた存在に手を差し伸べるとはな。やはり自分の子には情を捨てきれなかったのだろう。


 だが修理大夫はその壱岐守の好意につけ込んだ。城に上がり込むと歓迎する壱岐守とその家臣を不意打ちで殺害して城を乗っ取ったという。



「愚かな……壱岐守もとんだ置き土産を残したものだな」



 あの粗暴で有名な修理大夫に情けをかけるなど迂闊な真似をしたものだ。



「たしかに修理大夫が息を吹き返すなら下野守も忙しくなりそうだな」



 これで修理大夫は一時的に勢力を回復することになるだろう。上那須は曲者が多いと聞く。はてさて下野はどうなることやら。

これにて那須編は終了となります。長くなりましたがお読みいただきありがとうございます。人物紹介を挟んだのち、新章に突入します。よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
那須に始まり、那須に終わる… 簗田の事ですっかり忘れていたけど、そういえば那須編だったな、これ。 修理大夫は正に乱世の梟雄だなぁ。 ある意味史実以上に有名になるかも…
そうかコレ那須編だったのか 最後の簗田のご乱心が印象強すぎて忘れてたぜ(笑)
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