関宿の星降る夜
下総国 関宿城 小山晴長
関宿城を落とした夜、晴氏は戦勝を祝し、兵士を労る宴会を開催する。武将たちは二の丸に集まって晴氏に挨拶しつつ謀反の鎮圧を褒め称えた。俺は最初に挨拶を済ませ、晴氏からの褒め言葉をいただきつつ、他の武将たちに早々場所を譲る。そして隅で軽く呑んでいると、ある人物が目に止まる。
晴氏が水野谷親子や逆井に絡んでいる隙に俺はその人物の近くに寄って話しかける。
「常陸介殿、この度の戦働きは見事なものでしたな」
「おお、これはこれは下野守様ではありませぬか」
俺が話しかけたのが今回の北条の大将である北条綱種だ。なんだかんだ北条の人間とこうやって話す機会がなかったので今回のような場は好機といえた。
綱種は話しかけたのが俺だと気づくと一瞬驚き姿勢を正した。あまり固くなられてもあれだが、今の俺は北条の当主氏綱と同じ守護職の人間。むしろ固くなっている態度を指摘する方が向こうのためにならないだろう。北条の人間は非礼だと思わせてはならない。
「遅参した身でお褒めいただくとは思っておりませんでした」
「そうおっしゃるな。俺はな、北条家は今回の件で大きく貢献していると思っている。それこそ真の功労者よ」
「し、下野守様、それは過大評価ではごさいませぬか?」
最後の言葉を小声で囁くと綱種は若干慌てて周囲を見渡す。誰も俺の言葉に気づいた様子はない。
綱種からしたら晴氏から戦功第一位と賞された人間がそれを差し置いて自家を一番と言っているのだ。まあ、慌てるのも無理はない。だがこれは俺の本音でもある。
「あまり大きな声で言えぬのは残念だが、これは本音よ。そなたらが武蔵で山内上杉家を破っていなかったらこう上手く事は進まなかっただろう」
もし北条が動かなかったら、武蔵で敗北していたら古河で山内上杉家の援軍を撃破することは簡単ではなかっただろう。それに消耗した戦力で関宿を落とせたかも怪しい。北条が動いたことで救われた面は多かった。
綱種も何か察した様子で黙って頷く。
「武蔵守護の任命は妥当だろう。山内上杉が怒りそうではあるが、いい薬になるだろうよ」
「ははは、違いありませぬな。しかし北条はより良き領主として管理するつもりですぞ」
「そちらの評判は聞いているので心配はしておらんよ。しかし今まで距離が離れていた故に本格的な交流はなかったな」
「左様ですな。小田原には小山領の製品が多く流通しておりますが家同士のつながりはたしかに」
「接点も鶴岡八幡宮再建時に木材の提供をしたくらいだからな。だが武蔵守護となった今なら隣国の守護同士ということもあって交流を深めるのも悪くないと考えているが、いかがかな?」
「それは願ってもいないご提案でございます。是非ともお願いしたい」
そうは言うが主君の意向は大丈夫なのかと問うと、綱種はこれからの進言になるが氏綱も元々小山には好意的だという。特に石鹸などの小山製の商品を重用しており、自身も焼酎を嗜んでるらしい。
「それはそれは。ならば期待して待っていることにしよう。もし正式な交流が始まれば古河や関宿を通じて交易もおこないたいところだ」
気づけば晴氏は酔い潰れていて、宴会はお開きになった。どうやら上機嫌過ぎて呑みすぎてしまったらしい。普段は酒を抑えている晴氏だがようやく肩の荷が降りたことに安堵したのだろう。
俺は北条家と建設的な話し合いができたことに安心しつつも当家預かりとなった時氏の存在を思い出して溜息をつく。晴氏に押しつけられる形となったが、どう扱うべきだろうか。幽閉するだけなら簡単だが今後の利用価値を考えるとしばらくは食客として様子を見るべきか。
山内上杉家とのつながりがある時氏を小山の内部に置くわけにはいかないが、彼の更生具合次第では家臣あるいは客臣として登用するのもありか。どちらにせよ小山家の血を継ぐ女子をあてがうつもりではあるが、できればただの種馬より人並みに働いてほしいものだ。
仄かな酔いを醒ますために夜風に当たっているとふたつの気配を察知する。ひとつはよく知る気配。段蔵だ。そしてもうひとつは。
「段蔵と……もう片方は風間か?」
そう呟くと段蔵はすぐ側に現れてとある方向を見やる。
「驚いた。我の気配に気づくものが若以外にもいたとは……」
段蔵の視線の先にある影からひとつの人影が現れる。
その男はこの時代、いや後の時代の人間と比較しても一回り大きい体躯をしており、その目は爛々とぎらついていた。
「気配というよりは最初は違和感だったがな。探ろうとしてようやく気配だと気づいただけさ」
「……乱破としての自信を無くすが」
「心にもないことを。で、加藤に劣らないお前は風間で合っているのか?」
「是。我が名は風間孫右衛門が倅、小太郎。加藤の飼い主、小山下野守よ」
その大男はジッと俺を見つめると、ふと空を見上げる。
「今宵は月と星が明るい。我の風貌は良く見えるはずだ。なぜ恐れない?」
「恐れ、ねえ。ただ図体が大きいだけの人間のどこを恐れろと?」
俺の答えを黙って聞いていた小太郎は一瞬だけ目を丸くしたと思いきや、何かを呟くと姿を消した。
「なんだ、帰ったか」
「申し訳ございませぬ。斯様な者を御屋形様に近づけてしまいました」
「気にするな。ちょうど良い酔い醒ましになったわ。明日は下野に帰るぞ。やることが山積みだ。お前にもしっかり働いてもらうぞ」
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