簗田領分割
下総国 関宿城外 小山晴長
簗田高助とその息子ふたりの死によって関宿城は落城した。高助は自刃した上で嫡男の八郎に首を刎ねられたようで、その八郎も家臣に高助の首を託して自身も腹を切ったという。次男は討死したらしい。
簗田の重臣の多くは高助に殉じて城を枕にして果てた。皆が大広間に背を向けていたという。首を届けて城を明け渡した者も役目を終えたら後を追うつもりだったようなので一旦拘束している。
「中務大輔、馬鹿な真似を……」
高助親子の首が本陣に届けられると晴氏は一度安堵した表情を浮かべるもすぐに視線を落としてポツリとそう零す。
高助は先代の頃から古河を支えてきた重鎮でもあった。近年こそ晴氏と意見の相違があったが、それまでの功績は否定することはできない。
「……彼らの首は古河で晒すことにする。公方に謀反を起こした大罪人だからな」
「公方様、では戦前に預かった簗田殿の子供はいかがいたしましょう。見たところ幼い娘がふたりと男児がひとり、赤子がひとりのようですが」
直朝の言葉を受けて晴氏はしばらく考え込んだあと、絞り出すように言葉を発する。
「先例に倣って男児は赤子だろうと海に沈める。後日、香取海に連れて行け。娘の方は、そうだな。中務大輔の今までの功績に免じて将来尼にする条件で寺に預けることにしよう」
「……かしこまりました」
「一応男女で分けさせておけ。子供に兄弟の死を悟らせるのは夢見が悪い」
先例というのは我らが先祖のことだろうな。かつて小山家は鎌倉公方に反乱を起こし、ほぼ族滅の憂いに遭っている。その際に本家の跡取りだった男児ふたりは六浦で生きたまま沈められた。
今回の件も公方への謀反という点では同じ括りになる。娘の助命は少しでも高助に情があったからだろうか。
関宿城へ入城したあと、俺たちは本丸ではなく二の丸にて論功行賞を実施することになる。今回の関宿城攻めに関する個人的な戦功の確認を終えると、次は勢力別の戦功に話題が移る。
「今回の一連の件において軍功第一位は小山家のほかあるまい。次点に結城、北条、逆井に相違はなかろうか」
晴氏が周囲を見渡すが異論はでてこない。各々が内心どう思っているのかはわからないが、この場で晴氏に楯突くような振る舞いを見せる者はいなかった。それを見て満足そうにした晴氏は続ける。
「その前に今回の簗田方の領土に関して関宿、栗橋、水海は新たに御料所とすることにした」
その瞬間、場の空気が変わった。いや、晴氏らがわからない程度にわざと抑えている。北条が、結城が、そして俺も今の発言に思うことがあった。そして俺は見逃さなかった。北条綱種らが一瞬渋った表情を浮かべていたのを。
「関宿は兎も角、栗橋や水海もでございますか?それぞれの城主である野田殿や簗田殿はすでに降っておられますが……」
「あ奴らも謀反に加担していたではないか。なに、土地を奪おうとするわけではない。新たに御料所に設定したうえで代官として置くつもりだ。その代わりそれ以外の簗田方の領地は各々に分割させる予定だ」
直朝の確認に持論を唱える晴氏。たしかに晴氏が挙げた土地はそれぞれ交通の要所として重要な拠点だ。簗田が滅んだ今、古河足利家のものにしておきたいという気持ちは理解できる。だがそれは同時に晴氏を助けた俺たちに一等地を渡すつもりはないという表明となる。今のところ下総に手を出すつもりがない小山家はいいとして、他の家の心情はいかがなものか。元々古河が関宿を手放すとは考えていなかったが、栗橋や水海も譲らないと宣言するとはな。理解はできても納得できるものだろうか。
「まずは小四郎だな。小四郎は命の恩人だ。そなたがいなければ簗田を討つどころかその前に命を落としていただろう。できる限り報わせてほしい。そうだ、古河にも相伴衆を新設してその筆頭の座を与えようぞ」
その言葉に俺は待ったをかける。
「公方様」
「な、なんだ?」
「それは某には過ぎたものでございます。我らは代々公方様に忠誠を誓った身でしかございませぬ」
「おお、なんと謙虚なことよ。だがそうは言っても褒美は与えぬわけにはいかない。では小四郎は何を望むのだ?」
よし、晴氏が食いついた。正直言って幕府の相伴衆なら断る理由はなかったが、晴氏が勝手に作った役職をもらっても災いの種にしかならない。それにこちらの本命はそのような名誉ではない。
「では、簗田方が所有、管理していた下野の小山荘南部および小薬郷、寒川郡の支配権を認めていただきたい」
今でこそこれらの土地は御料所や簗田や簗田に与していた幕臣の梶原家が代官を置いている状況になっているが元々は小山家のものだ。
それこそ小山家の反乱のせいで没収されてしまったが歴代当主たちはかつての土地の奪還を目標としていた。それに下野を統一するにあたって小山家の支配が届かない土地が本拠の近くにあるのはよろしくない。幸いなことに簗田が族滅同然になってくれたので要求は通りやすいはずだ。
「なるほどのう。しかし中には御料所も含まれておる。それはさすがに渡すわけにはいかない」
「御料所に関しましては管理を認めていただけたら」
「ふむ、まあ小山家には十分報わねばならぬ。認めるとしよう」
「ありがたき幸せ」
その後は結城や北条らにも要望を聞いたが、結城は当主不在のため一度持ち帰ることになる。そして北条は武蔵守護職と関宿との通商の手形を求めた。
しかしながら武蔵守護職は現在関東管領である山内上杉家のものだ。もし晴氏が北条を武蔵守護職に任命すれば山内上杉家との関係に決定的な亀裂が入る。
晴氏は悩んでいるようだったが、北条の参戦によって関宿城攻略が成功したといっても過言ではなく、それらに報いる必要があった。
「うううむ、だが山内上杉は簗田を唆した張本人。今更関係を気にする必要はないか。よし、北条家を新たな武蔵守護として任命しようではないか」
こうして晴氏は北条家を武蔵守護職に任命することを決める。それは古河足利家と山内上杉家の対立を深めるものだった。
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