北条遠征組評議
下総国 古河城 北条綱種
「見張りは?」
「問題ない。周囲に風間の者を配置した。間者の心配はない」
古河に到着した夜、儂以下左衛門大夫、孫二郎、修理大夫殿、隼人佐殿らが集まり今後の方針について話し合っていた。
「意外だったのは公方様の反応よ。てっきりもっと疎まれるかと思っていたがな」
「味方が小山と結城しかおらんかったからだろうな。古河は取り戻せたが戦力に限りがあることに不安を感じていたのかもしれん」
修理大夫殿の意見に皆も頷く。以前の公方様は明らかに北条のことを警戒していてこちらの助力も断りそうな勢いだった。だが重臣の簗田に謀反を起こされ、味方も限られていた状況で心境に変化が生まれたかもしれない。こちらの想定以上に援軍を歓迎していた。
公方様の変化はこちらにとって好都合だ。元々姫君が嫁いでいる公方様の失脚を回避するための援軍だったが、予想以上に恩が売れそうに見える。
こう言ってはなんだが、謀反を起こしたのが簗田というのも都合が良かった。簗田の失脚が確定した今、公方様の嫡男である幸千代王様の立ち位置は危ういものとなった。おそらくは他に男児が生まれれば廃嫡となるだろう。正室気取りだった簗田の娘が消えれば公方様の寵愛を得るのは我らの姫君だ。
以前から公方様との仲は良好なこともあり、子宝に恵まれるのは時間の問題といえる。公方様の北条への印象が変化した今なら他の妾を優先することもないだろう。
「問題はあの小山だ。皆、正直どう感じた?」
儂の問いに皆が口を揃える。曰く、油断ならぬ相手だと。
「下野守殿からは不思議な雰囲気を感じた。なんと言えばいいかわからんが」
「新九郎様とは似ているようで何かが違う。ただ聡明であるだけではない」
修理大夫殿と隼人佐殿は雰囲気が凡人とは違うと感じたようだ。対して左衛門大夫・孫二郎兄弟は目つきに注目したようだった。
「ありゃただ者じゃねえぜ。一見無毒そうに見えて瞳の奥底に獰猛な獣を隠してやがる」
「兄者もですか。儂もあれがたった一代で下野一国をほぼ手中に収めた傑物なのかと感心したものです」
「なるほど、皆がそれぞれ下野守殿の非凡さを感じていたのか。儂も似たようなものだが、真っ先に思ったのはあの方は北条を蔑んでいないということだった」
それはこの坂東において異例とも言える。昔からの坂東の住民は北条のことを他国の凶徒として嫌い蔑んでいるのがほとんどだ。特に両上杉は顕著にそれが出ている。過去に友好関係を築いた勢力もいたが、多くは北条の力目当てで表向きは友好的でも内心蔑んでいるのは把握していた。
だが下野守殿に関しては一切の蔑みを感じなかった。向こうが隠すのが上手ということもあり得るが、小山家は以前から北条に近い政策を実施しており、儂は北条と価値観が似ているのではないかと見ている。
互いに商いや民を重視しており、北条も小山の恩恵を受けている。鶴岡八幡宮再建の際には木材も提供してくれていた。
「小山家とは友好的な関係を築くべきだと進言してみるべきか」
「賛成ですな。このような家は希少ですゆえ、敵対より友好を結ぶべきかと」
「小山は古河方の最大勢力であるが古河とは一定の距離を保っていたはず。こちらと揉める要素も少ないでしょう」
ただこのとき言わなかったが、儂は公方様と下野守殿にわずかな温度差を感じていた。公方様は下野守殿を信頼しているようだが、下野守殿はそこまで公方に入れ込んでいるようには見えなかった。かといって儂らのように利用してやろうという風にも見えない。まるでそこまで関心がないかのように。いや、それは考え過ぎか。下野守殿は長年公方様に助力し続けていた家だ。貢献も計り知れない。
「ふむ、疲れてるのか?妙な考えに支配される前に眠るとするか」
各々の賛同を得た翌日、公方様は自ら総大将として古河を出発し、関宿城へ軍勢を向かわせる。すでに簗田方だった栗橋城と水海城が降伏しており、簗田方の城は関宿と一色の城である天神島のみとなっていた。さらに度重なる敗戦を受けて簗田を見限ったり、逃散する兵が続出し、小山、北条、結城そして遅参した逆井含む五五〇〇の兵は大した抵抗を受けずに関宿城を包囲することができた。
「城は包囲できたとはいえ関宿は守りが堅い。さてどう落とすべきか」
軍議の場にて公方様以下、北条、小山、結城、逆井の諸将が集まる中、公方様がまず口を開く。
「まず高助と元服している長男、次男の助命はあり得ない。戦の前に彼らの首と引き換えに城兵の助命を確約させるつもりだ。これで降ると思うか?」
「難しいところですね。普通の戦なら降るかもしれませんが、簗田殿も相応の覚悟はしているはず。簡単に首を縦に振らないでしょう」
下野守殿の意見に諸将も頷く。とはいえ駄目もとでも打診はすべきとなり、一旦使者を関宿城に送る。
そして答えは否、だった。
しかし同時に使者は幼い女子らを連れていた。
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