北条と小山の邂逅
一部修正いたしました。
下総国 古河城 小山晴長
「喜べ、北条は簗田討伐のために儂に力を貸してくれるらしい」
早速北条に使者を送り、真意を確かめに行った晴氏は北条が晴氏方として簗田討伐に参戦することに上機嫌な様子だった。
てっきりそこまで喜ばないとばかりに思っていたので意外な反応だが、晴氏も内心不安だったのだろう。明確な味方が小山と結城しかいない状況はさすがの晴氏も心細かったに違いない。普段あまり北条を快く思っていないはずの晴氏にとっても今の状況における北条の軍勢は心強かった。
こちらとしても北条の介入は面倒でもあるが、戦力に限界を感じていたのもまた事実。このあとは関宿城を落とすことになるので、ここで北条の加勢が期待できるのはありがたい面もあった。
「お味方でございましたか。それで北条はどれほどの数でしょう?」
「驚け、三〇〇〇だ。山内上杉の援軍もいなくなった今、合計五〇〇〇弱の兵がいればいくら堅牢な関宿も落とすことができるだろうよ」
勝ちが見えてきたことで随分と余裕が出てきたのか、晴氏が笑みを浮かべることが増えてきた。とはいえまだ勝ったわけではない。史実における河越夜戦という事例もある。大軍で城を囲めば必ず勝てるという道理はない。むしろここで下手に負けてしまえば取り返しのつかない失点につながる可能性もあるのだ。
「ご油断なさらぬよう。数で勝っていても負ける戦は星の数ございます」
「む、それもそうか。少し、浮かれていたな」
冷静さを取り戻した晴氏は一度深呼吸をして高揚を抑えようとする。
「奴がどんな意図で謀反を起こしたかはわからん。だが事実として謀反を起こした以上、けじめをつけなければならん。ゆえに関宿城攻めには儂も出陣する。いいな」
「……ははっ」
晴氏の心情からしても関宿城を落として簗田高助の最期を見届けたいというのも大きいのだろう。先代の高基は自ら戦に出ることがなかったと聞いたが、晴氏は元服前から戦に参加していたこともあって割と自らが出陣することに躊躇いがない。しかも小弓攻めのように負ける可能性も高い戦にも出陣しようとするから周りの者も大変だろうな。
今回の関宿城攻めは北条も加わる予定で数の差では有利ではあるが、堅牢な城を攻めるとなれば警戒も必要になる。こういったときに限ってまぐれ矢が大将を襲ったりするものだ。後継者問題がある公方を前線にはあまり立たせたくないが、やる気に満ちている晴氏は折れる気がなさそうだ。
それから一刻が経ち、北条の軍勢が古河に姿を現した。一度大広間から離れていた俺はその様子を櫓の上から観察していたが、他所の兵より整然としてる様を見て練度の高さを目の当たりにした。
「これは、さすがは北条といったところか。相当な練度だな。参考にしたいところだ」
「あれほどの練度の兵はそう見れないでしょう。もちろん全ての兵の練度が高いというわけではないですが、直属らしき者たちの動きは別物です」
三郎太と右馬助、政村と共に櫓の上で観察していたが、三郎太は感嘆し、右馬助は黙って北条の兵を見つめていた。そして政村もまた真剣な眼差しで北条を見つめている。
「下館に籠っていては見られん光景だな……」
「刺激になったかな、弥四郎殿」
「はい。今回のような機会がなければ北条の兵を見ることができるのは十年先になったことでしょう。それ以外も学ぶべきことがたくさんありました。感謝いたします」
「こちらこそ弥四郎殿のような武辺者と出会えて光栄だ。そなたを選んだ義兄上に礼をしないとな。さて、そろそろ北条の大将も城に入ってくるだろう。戻るとしようか」
櫓から戻り、大広間で待機していると北条の人間らしき数名が大広間に参上する。
「お初にお目にかかります。某は北条左京大夫が猶子、常陸介綱種と申します。主君の命により此度の兵を預かっている者でございます」
「北条左衛門大夫綱成でございます」
「その弟、孫二郎綱房でございます」
「上杉修理大夫朝康でございます」
北条の一族に北条配下の扇谷上杉当主か。宗家の人間ではなかったが一族の者が多いということはある程度の人選をしてきたということか。
「古河が公方、足利晴氏だ。此度の派兵、真に大義である」
晴氏は威厳を出すために仰々しい口調で綱種らを見渡す。
「ここに辿り着く前に山内上杉と合戦があったそうだな。勝ち戦と聞いたが」
「はっ。武蔵にて山内上杉方の大石信濃守と交戦いたしました」
「ほう、大石といえば武蔵の守護代ではないか。消耗の方は大丈夫か?」
「はい。こちら側の犠牲は微小で済んでおります」
「それはよかった。今宵は英気を養うが良い」
「心遣い感謝いたします」
すると晴氏が視線をこちらに向けてくる。
「さてここに座っているのが下野守護職の小山下野守だ」
「ご紹介預かりました。下野が守護職、小山下野守晴長と申します。北条の噂は予々聞き及んでおります」
「おお、貴殿がかの……申し遅れました、北条常陸介綱種と申します」
互いに挨拶をし終えると晴氏は咳払いをして注目を集める。
「今後はあとで合流する逆井を含めて合同で関宿城を落としてもらいたい。必ずや高助を逃すな」
「「「ははっ」」」
「そして守谷城の相馬がその簗田に同調していたことが判明した。奴は倅の嫁に簗田の娘を迎えていたからな。どうやら兵ではなく、兵糧の支援をしていたようだ。こちらに関しては千葉らに討伐を命じている」
今の相馬の当主は胤貞か。守谷は関宿より古河から離れているから、より近い場所にいる千葉らに任せたのは当然だろう。守谷も水運の要であるから、今回の件を理由に晴氏は相馬から支配権を奪いたいのだろうか。関宿、水海、守谷を古河足利が支配できれば下総付近の交通の要所を抑えることになる。そうなれば財政的にも大きな助けになるだろうな。
しかしまさか北条との初対面のすぐあとに共同戦線を張ることになるとは思いもしなかった。相手は氏綱・氏康親子ではなかったが、今まで鶴岡八幡宮の資材を奉納した程度で大した交流もなかった北条と本格的に関われそうなのは僥倖と言える。
北条との繋がりが小山にどう利益をもたらすか、或いは災いの種と化すのか、見定めてみようではないか。
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