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時氏の沙汰とわずかなすれ違い

 下総国 古河城 小山晴長


 俺らは晴氏に休息を与えられ、大広間から下がったあとは自陣へ戻っていた。すでに足軽たちには交代制で休みを入れており、重臣たちも一部は休息から復帰している。


 一度残っている家臣らを集めたところ、どうやら祇園城から伝令が現れたようだった。



「申し上げます。掃部頭様が那須を破りました。また森田次郎殿、謀反にて烏山城奪取。那須修理大夫は落ち延びたとのこと」


「叔父上がやりよったか!しかも烏山も落ちただと」



 この朗報に家臣たちにも喜びの声が上がる。森田次郎はたしか高資の異母弟で母が大俵の縁者だったはず。謀反の詳しい経緯はわからないが、反高資派の人間が烏山を奪ったのは大きい。帰国したあとにやることが山積みになっていそうだが、長秀叔父上は予想以上の戦果を挙げてくれたようだ。



「よし、叔父上に戦功には必ず報いると伝えてくれ」


「かしこまりました」



 伝令が去ったあと、俺は大広間であったことを家臣らに話し、足利時氏の沙汰についても口を開く。



「足利四郎殿については、当家での預かりとなった」


「は?」


「なぜでございましょう?話の流れとしては切腹になるかとばかり……」



 家臣らは動揺と困惑を隠せない。正直言って俺も納得できているわけではない。足利時氏の沙汰がどうなるかはどうでも良いが、そこに小山家が巻き込まれるなら話は変わってくる。



「俺も一応苦言はした。たしかに小山家は公方様の味方だが流刑地ではないからな。本来なら受け入れる義理はない。だが公方様に何度も頼むと言われれば受け入れざるを得なかった」


「なるほど。しかしなぜ切腹にならなかったのでしょうか?」



 家臣のひとりが誰もが疑問に思うことを口にする。



「これは俺の推測だが、公方様は四郎殿を古河足利家のもしものときの備えにしたかったのではないかと思っている」



 現在の古河足利家はかつて晴氏と対立した高実が亡くなり、叔父である小弓公方も滅亡した結果、男子の数が極めて少ない。晴氏の嫡男に幸千代王丸がいるが、今回の簗田の謀反によって家督相続できるかは不透明になっており、もし幸千代王丸が廃嫡になれば後継ぎが不在となる。北条の娘といった他の妾との間に男児が生まれればその子が候補になるかもしれないができない可能性もある。


 そうなった場合、晴氏の代で古河足利家の血筋が絶えることになる。晴氏はそれだけは避けたかった。だからこそ今回山内上杉家に担がれた時氏の命を奪うことを躊躇ったのではないだろうか。信頼できる家に閉じ込めて、もしもの場合は血を繋がせる道具として利用するために。本人に継がせなくても男児さえ生まれればその子を養子にするという選択もとれる。



「それなら助命の理由は理解できますが、小山が巻き込まれるのは釈然としませんな」



 右馬助の意見に俺も同意だ。



「まだ不安定な古河で幽閉しても不穏分子でしかないからな。ならば古河と距離が離れていて安定している小山の方が、という考えだろう。とはいえ、今回の件はな」



 公方と敵対した足利の人間を抱えるなんて面倒この上ない。幽閉させるならまだ楽だが、おそらく食客扱いになるだろう。山内上杉と繋がっていた人間を小山で飼うのは気が進まないが、向こうに勘づかれないように監視をつける他ない。


 まったく、晴氏にも困ったものだ。頼りにしているのとおんぶに抱っこは勝手が違う。公方の権威を利用するために恩を売ったこっちにも非はあるが、これ以上面倒ごとを押しつけられるようなら付き合い方を変える必要があるな。


 まあ対価として時氏の面倒を見る代わりに時氏の嫁の斡旋を任せてもらうことはできた。公方家の家督争いに介入する気は今のところないが、小山一族の娘を時氏に宛てがうことができれば多少は小山家の利になるだろう。


 それからしばらく休息をとっていると、晴氏の側近である二階堂薩摩守が訪ねてきた。どうやら晴氏からの呼び出しらしい。彼の求めに応じて再び大広間に向かうとすでに晴氏と幕臣らが集まっていた。



「休んでいるところ呼び出して悪いな。状況が大きく変わったのだ」



 というのも、どうやら昨夜の山内上杉の敗北を受けて簗田側だった栗橋城と水海城が高助から離反して晴氏に降伏したとのこと。特に簗田の支城で関宿城と同じく水運を掌握していた水海城の降伏は大きかった。城主の簗田作左衛門助孝は水海簗田家という簗田の分家の当主で高助の甥にあたる人物だ。身内からの離反は高助にとって大きな痛手になるだろう。



「それと逆井城の逆井右衛門四郎もこちらに味方するということだ。奴は簗田に睨まれていたらしく身動きがとれなかったと言っておった。遅参の詫びに今古河に兵を連れて向かっている」


「ほう、逆井がですか。ではこちらからも報告が。北条の軍勢が武蔵の北上ではなく下総、古河に向かっているとこのこと」


「な、なんだと!?」



 北条の古河への進軍という報に大広間が混乱に包まれる。俺も大広間に向かう前に段蔵から耳にした話だったが、晴氏の妾に北条の娘がいるので驚きと同時に納得もしていた。おそらく娘の保護か晴氏の支援という名目で派兵してきたのだろう。真意はまだ掴めていないが、これから調査して確かめるべきだな。



「落ち着いてください。まだ古河を攻めてきたと決まったわけではありません。まずは使者を送ってみてはいかがでしょう」


「そ、そうだな。純粋に助けにきてくれたかもしれん。だがしかし、北条か……」



 今まで北条との関係が良好ではなかった晴氏はいまだに北条を信用していない。だが簗田の謀反によって不安定化した古河にとって北条と敵対するのは避けたい事案でもあった。



「公方様、気が進まないのは承知しておりますが、もし北条の助力が得られるならそれに越したことはありませんぞ」



 いまだに踏ん切りがつかない晴氏を一色直朝らが説得する。北条を頼ることで北条に古河への介入する隙を与えることになるのではないかという晴氏の懸念も理解できるが、俺としてもこれ以上小山の負担が増えるのも勘弁してほしいところなので下手に敵対だけは避けてもらいたいのが本音だ。


 だが同時に史実のように北条に躍進されては困るのでなかなか悩ましいところだ。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 この亀裂が後々厄介な事にならなければ良いが…
更新ありがとうございます! 山内上杉の敗北を知った佐野家が上杉家臣の足利長尾に攻め込まないんですか? 足利長尾が居なくなれば下野は、小山家の味方のみになるので那須が敗走した今が好機だと思います!
北条はまだ氏綱の時代なんですよね。だったら…だったら関東は武蔵半国程度迄おさえた北条と今川の直接対決がみたいですね。北条好きなので(笑) こっち方面行くなら主役の邪魔にもならないしww
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