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新たな混沌への誘い

 下野国 祇園城 小山晴長


 ついに簗田高助が謀反を起こした。古河にいる内通者から晴氏が簗田討伐の決断を下したことを知った高助は深夜に古河城の襲撃を画策する。本当なら晴氏らが襲撃に気づく前に城を囲んで晴氏とその嫡男幸千代王丸の身柄を確保するつもりだったようだが、高助の動きを察知した段蔵の手引きによって晴氏らは高助が到着する前に古河城からの脱出に成功していた。


 古河から祇園城まで距離が離れていないとはいえ、追っ手を掻い潜りながらの逃避行だったので晴氏一行は一度小山家の支城である法音寺城で小休憩をとる。その後、法音寺城を出発して古河城脱出の翌日の日没前に祇園城に辿り着いた。ただ最年少で初陣も果たしていない幸千代王丸にはこの逃避行の負担は大きかったようで祇園城に着くと発熱を起こしてしまった。幸い軽い疲労が原因のようなので少し休めば回復するという。



「公方様、お伝えしなければならないことがございます」



 俺、晴氏、一色直朝、そして三郎太等の一部の重臣は大広間に集まり、早急に今後の方針について話し合うことにした。そして冒頭に小山家で集めた情報を晴氏たちに伝える。その中には悪い情報ももちろん含まれていた。



「古河での内通者の正体が判明しました。公方様には信じがたいとは思いますが」


「すでに舅から謀反を起こされた身だ。覚悟はできておる」


「では単刀直入に。公方様の簗田討伐を簗田側に漏らした内通者は、一色宮内大輔です」



 晴氏は咄嗟に直朝の方を振り返る。直朝は呆然とした様子だったが晴氏の視線を受けると我に返って必死に否定する。彼自身が内通していたかは不明だが、晴氏を見限らずにここまでついてきたということは白である可能性は高い。だが彼の父である一色直頼と一色家の人間が内通していたのは事実だった。果たして関係が悪化していたとはいえ、古河の人間に裏切られた晴氏に直朝がどう映るだろうか。



「なるほど、八郎が裏切ったとは思わないが、彼に従っていた一色の人間が裏切っていたとなれば簗田の動きにも納得がいくな。まさか味方と信じ切っていた一色にも裏切られるとは情けない。小四郎よ、二階堂はどうした?彼らも裏切ったのか?」


「いいえ、二階堂は依然として公方様の味方を宣言しています。古河城が占拠されたあとは簗田には従わずに領地に戻って出仕を拒んでおります」


「なんと、それはまことか!?」



 晴氏の声が弾む。一色と異なり二階堂は晴氏の味方のままだった。晴氏らが脱出したため、二階堂は古河城を守ることはできなかったが、正当性なき簗田の謀反を非難して領地に引き籠っている。古河の政務をこなしていた二階堂の有無は簗田にとっても影響が大きいようで、高助も懐柔しようと試みているが効果はあまりなさそうだ。


 とはいえ時勢は高助に傾いているのもまた事実。晴氏が脱出したあとということもあって古河城にいた晴氏の家臣たちは無抵抗で高助に降っている。すでに二階堂以外の古河の幕臣は高助の支配下に置かれていると考えた方がいい。周辺の国人にまだ動きはないが高助も彼らを味方にするために動いてくるはず。残されている時間はそう多くない。



「小四郎、儂を助けてくれぬか?」



 晴氏は下座に座り直し、俺に頭を下げる。その行動に俺や家臣たちもあっけにとられる。助力を得るためとはいえ、まさか公方本人が国人に頭を下げるとは思わなかっただろう。だが晴氏は容易くやってのけた。はじめは呆然としていた直朝らも我に返ると公方だけに頭を下げさせるわけにはいかないと下座で俺に向かって頭を下げる。



「どうか頭を上げてください。公方様が古河の奪還を望むのであれば小山家は公方様のお力となりましょうぞ」


「小四郎……かたじけない」



 晴氏は目じりを拭う。赤くなった目には光が戻っており、彼の袖はわずかに滲んでいる。


 さてこうは言ったものの、今回の件は関東に混沌をもたらす大事件だと思っており、そう簡単に幕引きを図れないとも感じていた。


 今回小山家に手を出して晴氏にも謀反を起こした高助の背後には北条と山内上杉という関東の二大勢力が潜んでいるからだ。


 北条は氏綱の娘と晴氏の縁談を成立させるために高助と接近して古河内部に親北条派を増やす工作をしていた。結果的に縁談は成立し、最後まで縁談に反対していた晴氏と高助や親北条派の溝が深まることになった。


 次に山内上杉。彼らは晴氏と対立しつつ小山を危険視していた高助に近づいて偽りの情報を与えて反小山の感情を煽った。高助らの反小山の思考が過激化したことによって親小山派だった晴氏との関係は完全なる決裂を迎えた。


 こちらが把握している範囲の彼らと簗田とのつながりを晴氏に説明すると彼はどこか納得したような表情を浮かべる。



「そういうことか。道理で奴らと儂で認識の齟齬があると感じたはずだ」


「山内上杉の家宰である足利長尾家当主本人が直接面会していたのが余計に信憑性を得てしまったのでしょう。どうやら足利長尾但馬守は戦働きより話術に長けていたようです」



 そして反小山の感情を暴発させた結果が古河公方への謀反。さすがに山内上杉もここまでの事態を招くとは想定していなかったはずだろうが。とはいえ山内上杉はここまできて簗田を切り捨てることはできない。十中八九古河に介入してくるだろう。その最大の要因は北条にある。


 北条と古河足利家は縁戚だ。そして簗田とのつながりも強い。晴氏と幸千代王丸は脱出に成功したが古河城には晴氏の妾が残されていた。当然その中に氏綱の娘も含まれている。


 北条は今回の件で娘の保護を名目に間違いなく古河に兵を向けることだろう。北条と敵対する山内上杉にとって北条の古河介入は絶対に阻止しなければならない事態だ。その対抗策として山内上杉もまた古河に介入してくるだろう。



「そうか……北条と山内上杉が介入してくると……」


「おそらくは。幸千代王様の身柄がこちらにあることも大きく影響したかもしれません。現に簗田は未だに次期公方の候補を選べておりません。ゆえに山内上杉あたりの影響を強く受けるでしょう」


「では早く動かなければな。他者の本格的な介入を受ける前に古河を奪還しなければなるまい。儂には手紙を出すことしかできんが、これで味方が増えるのであれば百も千も書いてみせよう」



 晴氏は逆賊簗田高助と彼に従う者の討伐を命じる命令書を各地の国人宛てに何枚も書き続ける。一枚できればすぐに使いの者をその家に向かわせる。その間にもこちらはすでに古河奪還に向けて祇園城に兵を集めていた。


 那須や山内上杉の動きにも警戒しなければならないので全兵力は注げないがそれでも日没前に三〇〇〇の兵を集めることができた。


 またその日のうちに結城と佐野から晴氏と小山に味方する返事が届く。佐野は山内上杉の動きを警戒しているようで直接軍勢には加わらないが、結城は重臣水野谷治持率いる五〇〇の兵で合流した。結城にとって五〇〇は大軍だ。義兄上には感謝しかない。



「結城左衛門督が臣、水野谷兵部大輔治持と申します。そして隣にいるのが倅の──」



 治持の隣に控えていたのはこの時代の平均身長を大きく上回る背丈に、普通の物より一回り大きい槍や太刀を身につけた異様な威圧感を放つ若武者らしくない若武者。


 その左目にはふたつの瞳孔、この時代では金骨の相というものを宿していた。



「お初にお目にかかります。水野谷兵部大輔が嫡男、弥四郎政村でございます」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヒャッハー、大チャンす!でもありますな。大義名分はあるから攻めやすい。ここで銭を使わないといつ使う、見せ金大広間にバラまいて、公方様から手掴み報酬とか?やっぱ公方様裏切れない雰囲気作らな…
[気になる点] 蟠龍斎この頃すでに戦場に出てるんですね。
[良い点] 関東の手紙公方とか呼ばれそう
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