簗田への対処
下野国 祇園城 小山晴長
一色直朝が去ったあと、俺は招集可能な各地の重臣も集めて祇園城で評議を開く。普段なら城内の家臣を中心だった評議で各地に任じられていた重臣の多くが参加することは珍しく、まだ事情を把握できていない者も何事かと互いの顔を見合っていた。
「皆の者、単刀直入に言っておこう。関宿城の簗田が関宿から小山の商人を追放させた。酷いところだと商品も略奪されそうになったという」
この情報を今知った者たちは困惑しつつも簗田の所業に怒りを見せる。長年商いを浸透させてきたおかげで小山の人間の多くは商いの重要さを理解していた。
「一体何があったのでしょうか?簗田殿は公方様の重臣で以前から小山と取引があった家。それが突然追い出すとは信じられません」
最初に疑問の声を挙げたのは西方城から勝山城に移った右馬助だ。右馬助は対那須の防衛線のひとつである勝山城代だが横田兄弟に城を預けて一目散に祇園城に登城していた。最近は勝山城下の整備などに追われていたので簗田が小山を警戒しているという情報以上のことは把握できていなかったらしい。
「簗田がなぜ関宿から小山の商人を追い出したか、それは俺もわからんというのが本当のところだ。まさかここまで直接的な行動に出るとはな。ゆえに今回の評議では一線を越えた簗田への対処について話し合うつもりだ」
もはや簗田高助が詫び、追放を取り消して終わりという段階は通り越した。すでに晴氏には高助を切り捨てて簗田討伐を命じるよう圧をかけている。簗田にも弁明を求めているが、こちらに返事をするつもりはないらしい。
簗田と戦になる可能性は高いだろう。本音を言えば飢饉と流行り病が起こる前に軍事行動をとりたくはなかった。だが放置すれば追い出された商人は販路を失い、路頭に迷ってしまう。小山の経済も大打撃を受ける。幸い陸奥方面に小山の商品の需要が高まっているので、そちらに販路を広げられているが、関宿から先に商品を届けられない問題は早急に解決しなければならない。
相手が簗田でなければすぐに兵を差し向けていたが、相手が古河の重臣となるとそう簡単にはいかない。迂闊に手を出せば公方の家臣を襲った、つまり公方に反逆したと坂東中に流布される危険が高い。たとえ先に簗田が手を出していたとしても公方に反逆したと印象づけられたら各勢力は反逆者の討伐という大義名分を掲げて小山を糾弾するだろう。そうなれば内側から小山を裏切る者が出てくることも考えられる。
だからこそ直朝を通じて晴氏に簗田討伐を訴えたのだ。すでに晴氏と高助の関係が悪化している今、簗田の暴挙は亀裂の決定打になり得た。
「公方様は本当に討伐を認めていただけるでしょうか?」
「こちらとしては出してもらわないと困るが、向こうの状況もあまり良くないと聞く。だが出さなければ小山に見限られると理解しているはずだ。問題は内部に簗田を味方する者がどれだけいるかどうかだな。身動きがとれれば良いのだが……」
現状、古河内部で晴氏側といえるのは一色と二階堂くらいだ。外様なら俺ら小山や千葉一門は晴氏に味方するだろうが、古河内部で晴氏に味方する者が少ないというのは問題だ。下手すれば監禁あるいは無理矢理家督を交代させられる危険もある。
晴氏はよくいる味方に見限られるような無能ではなく、むしろ傑出した才覚の持ち主だ。本来ならこのような事態とは無縁な人物だが北条の工作を許したのが運の尽きといえる。幸い古河には加藤一族を数名配置しているので何かあれば手助けはできるはずだ。
そして次の問題。もし晴氏から簗田討伐の命令が下された場合、どこまでで止めるべきか。関宿城の簗田と戦になれば中間に位置する古河も戦乱に巻き込まれる。俺らがそのまま陸路を南下すれば避けられるかもしれないが、川沿いにある関宿城の攻略に川を利用しない手はない。そうなれば思川から古河を経由して関宿に向かうのでやはり古河は巻き込まれるだろう。直接の戦場にならないとしても行軍や陣地に使われるかもしれない。
また簗田との戦にあたって俺の中では簗田高助の死は絶対だった。戦に敗れたり、戦の前に降伏をしたとしても高助を隠居させるつもりはない。もし高助が隠居したとしても間違いなく簗田や古河にも彼の影響力が残っているからだ。彼がどんな理由で反小山の行動をとったのか知らないがその思想が誰かに伝わることは極力避けたかった。ゆえにどんな顛末になろうが高助には死んでもらう必要がある。
最後に関宿の処遇だ。もし俺らが関宿を落とした場合、帰属がどこになるのか。これが大きな問題だ。普通なら落とした小山の物になるが交通の要である関宿は一国に値するとも言われており、古河も簡単に関宿を渡したくないはずだ。それだけの価値が関宿にあるのだ。まあ、このあたりは実際に関宿を落としてから考えてもいいか。
「それにしても簗田の目的は一体……」
「今回の件も小山家の力を削ぐための一環なのでしょうが……」
「……簗田単独でおこなうには強硬的過ぎますな。やはり誰かとつながっているのではないでしょうか」
皆が簗田の行動を不審がっており、背後に誰かが糸を引いていると薄々感じ取っていた。いくら古河の重臣で関宿を治めているといっても簗田の勢力は小山の半分にも満たない。純粋な戦力差ならば簗田の勝ち目がないほどに。
それでも簗田が動いたのは何かしらの勝算があってのことだろう。高助が小山憎しで勝算なく仕掛けるほど耄碌しているとは思えなかった。だがその勝算とはなんだ?やはり北条が黒幕なのだろうか。またはそれ以外か。それとも本当に簗田の単独か。
評議ではとりあえず事態の説明と大まかな今後の方針の決定、戦そして飢饉と病への備えについて話し合った。今回各地から重臣たちが集まったことで正確な情報が共有できたのは良かった。まだ那須もいつ動いてくるか不明で緊張は絶えない。もし簗田との争いが予想より大規模なものに発展すれば兵力の動員も那須との戦もあり得る。要となる那須との最前線にいる者たちには今後も頼りにしている旨を伝えて手土産に焼酎を自ら手渡した。
「那須、佐竹、そして簗田か。あと少しというところで面倒な事態になったな」
評議の日の夜、久々に俺は自室で妻の富士とともに晩酌を嗜む。富士は竹犬丸の妊娠が発覚してから今まで酒を口にしておらず、約二年ぶりに酒を飲むという。といっても富士自身そこまで酒に強いわけではないので俺に付き合う程度だが。
「いつもお疲れ様です」
「すまないな、久々に共になれたのに愚痴を溢してしまって。最近は富士とこうやって過ごすことができなくて悪かった」
「ふふっ、お互いに忙しかったですからね」
それもそうだった。俺は政務や戦、富士は子育てに奮闘していたからな。富士は乳母や侍女に任せるのでなく自ら竹犬丸の養育に励んでいた。当然色々と大変だろうが投げ出すことなく今に至っている。おかげで竹犬丸は富士に懐いており、親子仲は睦まじい。逆に俺はそこまで頻繁に会えるわけではないのでたまに顔を忘れられて泣かれることもある。本当にたまにだが。
「富士は良くやっていると思うぞ。おかげで竹犬も健康に育っていると聞いている」
「あの子はお前様みたいに立派な武士になると思うんです。だって多功城に行ったときなんて一度も泣かなかったんですから」
「その割には俺の顔を見て泣くがな。そんなに俺の顔が怖いのか?」
軽口を叩き合って互いに笑い合う。今までの疲労も消えてしまいそうだ。
少し酔ったのか富士の身体がわずかに俺のいる方向に近くなる。あからさまに俺の身体に触れないところがいじらしい。
「富士……」
「ねえ、お前様。そろそろ都から側室を迎えるのでしょう。私より若いって聞きました」
「まあ、若いといえば若いな。四つ、五つくらい下か?」
「あら、なら私が小山家に嫁いだ頃に近いのですね。その子のことはよく知りませんが優しくしてあげてください。多分不安で一杯だと思いますから」
「ああ、もちろんさ」
「けれど、私もひとりの女です。だからその子がやってくるまで……富士を愛でてくださいな」
歳を重ねて可憐さに色気が加わった富士の魅力は俺にとって毒だった。もとより好いた女子がこうして自分を求めてくる仕草にグッとこない男はいないだろう。俺は久々に富士と共に永い夜を明かしたのだった。
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