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一色からの使者

 下野国 祇園城 小山晴長


 簗田が小山の商人を関宿から追い出した。


 そのことを祇園城に到着したばかりの一色の使者である一色直朝に伝えると、彼は顔色を青く染めて明らかに狼狽していた。



「そ、それは真でございましょうか……?」



 直朝は縋るように俺を見つめるが、俺は溜息を吐きながら無言で首を縦に振る。



「なんと愚かな真似を……」



 直朝は呆然としながら虚空を見上げる。彼も信じられないのだろう。長年晴氏と古河を支えてきた重臣の簗田高助が親古河派の最大勢力である小山家に喧嘩を売るような暴挙を起こしたのだから。



「この度は簗田殿の振る舞い、真に申し訳ありませぬ」



 ようやく意識がはっきりした直朝は即座に俺に頭を下げる。簗田の失態を直朝が謝る道理はないが、現在晴氏と不仲とはいえ簗田は古河の人間だ。古河の一員としてのけじめだろう。



「頭を上げてくだされ。一色殿が謝ることではないし、俺も一色殿の謝罪ほしさに今回のことを教えたつもりではない」


「下野守殿……」


「とはいえ、簗田が一線を越えたのもまた事実。古河での言動だけならまだしも、小山の商人を排除となるとこちらも動かざるを得ませぬ。そこではっきりしておきたいのは今回の件が古河の総意であるかどうか。回答によっては今後の付き合いを考え直さなければならぬかもしれませんな」


「や、簗田殿の独断でございます!公方様は一切関与しておりませぬ。公方様は小山と親密な関係を築きたいとお考えです」



 直朝が食い気味で古河の総意であることを否定して簗田の独断であると断じるが、それでも俺は話を進める。



「なるほど、一色殿の意見は理解した。では簗田は公方様の意に反して単独で小山家に手を出したという認識でよろしいか?」



 直朝は答えることができなかった。認めてしまえば晴氏が家中を掌握できていないと小山に露呈することになるし、認めなければ簗田が晴氏の承諾を得て商人を追い出したことになってしまう。


 そんな彼の葛藤をよそに俺は直朝に近づいて耳元で囁く。



「どちらにせよ小山はこのまま泣き寝入りはできませぬぞ。このままでは一戦は交わるかと」


「……下野守殿は簗田殿を討つ、と?」


「否定はしませぬ」



 小山が簗田討伐に動くと察した直朝は身体を硬直させる。もとは簗田の暴挙が原因。商いを重視する小山に対して商人の居場所を奪い、流通を妨げた簗田の行為に小山が怒りを見せるのは当然だ。



「下野守殿の言い分は某もよく理解できます。そして簗田殿の行為も怒りを買って当然だと。しかしながら、簗田殿はまだ古河の人間でもあります。簗田殿の討伐は少々お待ちいただきたい!」


「ほう、ではこのまま我らは黙っていろと?簗田の暴挙を受け入れて損をしろとでも?」



 直朝は気圧されながらも必死に俺の目から視線を逸らさなかった。



「今、簗田殿と戦えば下野守殿を快く思わない者たちが公方様に弓を引いたという大義名分で小山家に仕掛けてくることでしょう。それは下野守殿も公方様も望まないはずです」



 直朝が簗田討伐を止めるのはこちらでも想定内ではあった。だが唯一予想と違ったのは直朝が思った以上に小山家のことを考えていることだった。反小山の簗田と対立していることから晴氏に近い考えだとは思っていたが。



「ふむ、一色殿の言葉のとおり、このまま簗田と戦になれば公方様に弓を引いた大罪人として小山家を良く思わない者たちに大義名分を与えることになる。こちらとしても那須や佐竹以外で敵を増やすのは望んでおりませぬ。それに関宿とはやや距離があり、古河を巻き込む危険もある。公方様を危険に晒すのは本意ではない」



 ですので、と言葉を続ける。



「公方様に簗田討伐の命を下してほしい」



 沈黙が続く。直朝もこちらの意図に気づいており、自分の返答次第で未来が大きく変わることを理解していた。しばらくのち、ようやく直朝が口を開く。



「……承知しました。某が自ら公方様へ下野守様に簗田殿討伐を命じるよう請願いたします」


「その言葉が聞きたかった。頼みましたぞ」



 俺の圧に屈した直朝は冷や汗を流しながら何度も首を縦に振る。圧を霧散させると解放された直朝は大きく息を吐く。


 そして俺は簗田の様子がいつ頃から変わったのか尋ねる。以前は狸みたいな老練な印象だったが、小山家に対して反感を抱くようには見えなかった。少なくとも追い出されるまでは普通に商人の出入りもあったし、簗田家も小山の商品を購入していたはずだ。


 それに対し、直朝は簗田から明確に反小山的な言動が出てきたのは小山家が飛山宇都宮家を滅ぼした頃だと明かす。残念ながら段左衛門らの情報どおりで目新しさはない。だが直朝は続けて、簗田が北条に接近してから簗田と晴氏との溝が深まり、簗田は昔ほど古河に滞在することが減ったという。また関宿城に北条の人間が出入りすることもあったとのこと。



「簗田殿に何があったのかはわかりません。しかし彼の背後に北条がいるのは確かです」



 だが直朝も簗田がここまでの行動に出るとは思いもしなかったらしい。それは晴氏も同様だという。直朝は晴氏から密命を帯びていたことを明かしたが、簗田の行動で台無しになったと嘆いていた。


 しかし、と俺はふと疑問に思う。仮に北条が裏で糸を引いていたとしても簗田が直接的な行動に出るのはあまりにも不自然に思えた。たしかに北条の力は強大だ。古河に工作を仕掛けていたのも判明している。実際簗田を筆頭に親北条派も現れた。


 それでも北条の領地と古河や小山はあまりにも距離がある。両上杉や今川を敵に回している北条が簗田をけしかけて小山との戦を起こしたところで小山を攻めるどころか簗田の支援もままならないはずだ。北条領の最北端は武蔵の中部だ。もし出兵しても下総か上総を経由するしかない。親北条派のところなら通れる可能性もあるが、それ以外の場所はどうだろうか。上総の千葉一門や武蔵北部の上杉派の人間が黙っているとは思えない。これ以上兵を割けばいくら北条といえども防衛が怪しくなる。


 あの北条がそんな迂闊な策をとるだろうか。と考えると本当に簗田が暴走した可能性も捨てきれない。あるいは北条以外にも簗田に味方する勢力がいるか。



「古河と対立している勢力ですか?山内上杉とは当主が変わってから親交があるとは言えない状態ですが敵対まではしておりませんし、それ以外は思いつきませぬ。公方様は北条を危険視していましたが、他はどうでしょう?」



 直朝に探りを入れたが心当たりはないという。小弓公方を滅ぼしたあとは統治に専念したこともあって昔ほど公方が戦を仕掛ける回数が減ったのも要因だろう。


 だがどうも今回は簗田の単なる暴走で済む話とは思えない。そこまで簗田も軽挙ではないはずだ。北条か、北条以外か、あるいは両方か。とにかく色々探る必要がありそうだ。


 直朝が晴氏側の人間だったことは幸いだった。これなら上手くいけば晴氏と連携をとれるかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん単純に考えると那須か 小山兵を南に引き付けてからの那須が北からドーンと 下野が小山那須で半々になったくらいで、梁田が公坊を引き連れて恩着せがましく調停すると そんなとこが狙いかな? で…
[良い点] うーん、北条じゃないとするならやっぱり上杉かなあ……? 史実だとここで両上杉が力を合わせて北条に対抗するところなんだけど こっちだと関東公方がデカくなっちゃってるから何かちょっかいかけてき…
[一言] 毎度続きが気になってたまりません
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