西明寺城攻め
下野国 小山晴長
「そうか、太郎左衛門殿が……」
合流した長秀叔父上たちに益子家当主太郎左衛門勝高の死、雀千代の存在、益子家の従属などの益子城でのやりとりを共有する。
「彼の遺言を尊重して益子家は彼の嫡男である雀千代が継ぐ予定にはなっている。だがまだ元服もしていない子供らしい」
雀千代の詳しい年齢は知らないが周囲から聞いた限り、十くらいだという。仮に家督を継いだとしてもある程度成長するまで政は家臣らが主導になって動くだろう。問題はその家臣すら数が少ないことだが。
叔父上から益子家出身の三郎太を雀千代の後見として益子城に置くのはどうかと提案を受けたが、色々熟慮したうえで俺は首を縦に振らなかった。なぜならそんなことをすれば間違いなく益子家は三郎太派閥と雀千代派閥で分裂するからだ。たしかに小山に婿入りした三郎太は能力も高いので雀千代の後見として益子家を纏めることには成功するだろう。だが後見とはいえ小山家入りした三郎太が実権を握る事態は雀千代側の人間にとって面白くないと感じるはずだ。対那須の前線である益子家で小山に不信感を与えるような真似はあまりしたくはない。
それに俺も優秀な三郎太を簡単に手放つもりはない。三郎太は今後の小山家を支える人材だ。もとは益子家の人間とはいえ、今は小山家に名を連ねている三郎太を益子家に縛りつけるような采配をする気はなかった。
益子家に関してはしばらく益子の重臣である加藤上総介らに支えさせるつもりだ。もちろんそれだけでは不十分なので近隣の城に小山の人間を配置して益子城を監視させる予定だ。あとは当の雀千代がどう成長するかだな。特に秀てる能力がなければ適当に益子城を守らせておけばいい。だがこれから安宗討伐があるため、一旦益子家のことは置いておこう。
別動隊も合流したことで二二〇〇ほどになった軍勢は益子城から西明寺城まで進軍する。道中、石並城があったが安宗はここを放棄して西明寺城に兵を集めたようで石並城は無人の状態だった。益子城を死守した今、石並城にあまり戦術的価値はない。
石並城を無視して西明寺城の山麓を包囲する。すでに城には安宗が敗残兵を纏めて籠っていた。
「どういたします?降伏の使者を送りますか?」
芳賀高規が俺にそう問いかけてくる。
「あまり効果はなさそうだがな。向こうも愚鈍ではない。俺たちが弦次郎を生かすつもりがないことは理解しているだろう」
「たしかに益子弦次郎は素直に降ることはないかもしれません。ですが彼に従う兵はどうでしょう?」
「ほう?」
暗に続けろと促すと高規は周囲の注目を集めていることを若干気にしながらも続ける。
「すでに彼らの取り巻く状況は変化しています。益子城は落とせず、小山との戦に敗れ、各地の城も落ち、那須などの援軍も手を引いてしまった。兵が減ってしまった今の彼らには味方がいません。弦次郎らはここを乗り越えれば好機がくると信じているかもしれませんが末端はそうは思わないでしょう。このまま戦い続けても野垂れ死するだけだと実感しているはずです。ですので降伏の使者を送ると同時に敵の士気を下げる情報をばら撒くのはいかがでしょうか。例えば弦次郎は城兵の助命という条件を蹴ったとか、今のうちに逃げたり小山に降れば寛大な処分で済まされるとか」
高規の案に周囲も感心していた。彼もまだ若いが戦況をよく見ている。敵の数が減っているとはいえ、山城攻めということもあって兵数差は大きい方が良い。敵の士気を下げて逃走兵を生み出す状況に追い込むのは悪くない考えだと思った。
「良い考えだ。ならばより効果を上げるためにこちらの兵力を誇示させるとするか」
俺の合図とともに小山の全兵が一斉に鬨の声を上げる。二〇〇〇を超える鬨の声は西明寺城にも轟き、城内の兵が恐る恐るこちらの様子を窺っている。
手応えを感じた俺はそのまま西明寺城に降伏を促す使者を送ることにする。とはいえ弦次郎の死は確定事項なので降伏するにしても弦次郎の首を条件に城兵の助命しか呑ませるつもりはない。この条件で降伏するならばそれまでだし、降伏を断れば高規の策のように城内で不穏な噂をばら撒けばいい。
そうなると再び加藤一族の頑張りが不可欠なのだが、さすがに段蔵や段左衛門らの負担が大きいか。
「段蔵、加藤の者を城内に忍ばせることは可能か?」
「可能でございます。今回は戦での経験を積ませたい者を控えさせておりますゆえ、彼らをお使いください」
どうやら段蔵は加藤の中でも比較的若くて経験が浅い者も準備させていたらしい。今後を見据えても今回の戦は良い経験になると踏んでのことだった。俺は段蔵の言葉に甘えて若い忍らを城内に侵入させて向こうが降伏を断った際に噂を広げる役割を与える。
そして適当な身分の者を使者として西明寺城に向かわせて降伏を促せる。成功することに越したことはないが、別に失敗しても構わない。そのときは城を落とすだけだ。
しばらくして使者が本陣に戻ってくる。結論から言うと弦次郎は降伏を拒んだ。どちらを選んでも死から逃れられないのならば城を枕にするという。彼に従う家臣らはその言葉に呼応して大声を上げたらしいが、使者から見たら盛り上がっていたのは彼とその側近だけで周囲の空気は沈んでいたとのこと。さすがに表立って弦次郎を非難する者はいなかったが、末席にいた者などの表情は死んでいたらしい。
その場にいた者ですらそこまでの温度差があるのならば雑兵らの士気ももはや手に取るようにわかる。交渉に決裂した瞬間、使者は従者のふりをしている加藤の者に合図を送り、その者が他の加藤の者たちにわかる合図を出す。その結果、使者が戻ってくる頃には城内で弦次郎が命惜しさに城兵の命を道連れにしたという噂が蔓延していた。
「噂は広がっているようだな。向こうも火消しに動くだろうが、その前にこちらも動くとしよう」
まず落とすのは山麓の西明寺だ。この城の名前の由来でもある西明寺は戦国時代の寺院らしく要塞化している。西明寺城の郭でもあり、弦次郎もここを必死に守ってくるだろう。その予想は的中していて西明寺には一〇〇を超える兵が待ち構えていた。弦次郎の持つ兵力を考えればかなりの兵力を集めたということになる。普通に戦えばそれなりに激戦になり、双方少なくない犠牲が出たかもしれない。普通に戦えば、なら。
「撃てええええええ」
小山の陣地から轟音を響かせると直後にそれは固く閉ざされた西明寺の門を吹き飛ばす。弦次郎側から悲鳴や断末魔の叫びが聞こえてくる。それに巻き込まれなかった兵士たちは呆然と破壊された門を見つめるだけ。一体何が起きたのか見当もつかなかった。
「門は壊された!者共、攻め込めええ!」
法螺貝とともに小山の兵が西明寺に殺到する。敵もようやく正気を取り戻すが、すでに彼らの戦意は挫けていた。守将らしき武士が唾を飛ばしながら兵士に迎え討つよう指示を出すが謎の攻撃によって頼りにしていた門を破壊された雑兵らはまともに抵抗することなく逃亡しはじめる。中にはその場にとどまって小山の兵と刃を交える者もいたがそれは少数派でしかなく、彼らも小山の数の波に呑まれてひとりまたひとり討ち取られていく。
西明寺が落ちたのはわずか四半刻後だった。西明寺を守っていた半数近くが逃げ出し、もう半数も討ち取られた。西明寺の守将だった弦次郎の家臣である根本金作は本堂に籠って抵抗を続けていたが最期には従者共々血の海に斃れた。
木砲による門の破壊によってわずかな時間で西明寺が陥落したことは弦次郎にとって大きな誤算だったようだ。噂によってすでに低下していた士気はここで完全に打ち砕かれた。小山に恐れをなした兵士による投降や逃走が相次ぎ、少なかった弦次郎の兵はついに一〇〇を切る。やがて今後の方針を巡って口論があったのだろう。西明寺城から逃れようとした弦次郎は家臣の裏切りに遭い、三の丸で殺された。
討った本人が自ら西明寺に出向いて俺に弦次郎の首を献上し、降伏を願い出た。家臣にその首が弦次郎本人であることを確認させると、降伏を認めて城兵に武装解除を求めた。それからはほとんどの雑務を叔父上に任せたが西明寺城の引き渡しは順調に進み、その日のうちに西明寺城は完全に小山の手に落ちた。
翌日、弦次郎の首という手土産を持って一部の兵を西明寺城に残しつつ、俺は益子城に戻って勝高の遺骸の前に弦次郎の首を供える。
余談だが、弦次郎の首を持って参陣した男はすでにこの世には存在しない。西明寺城が小山のものになってからは完全に用済みだったからだ。俺は事前に降伏を促した。そのときに応じず、土壇場で主君を裏切って殺す者をどうして重用するだろうか。
弦次郎の死によって益子家の内乱は終幕を迎える。同時に益子家は小山への従属の道を歩みはじめた。
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