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清原と小山の縁談

 山城国 都・清原邸 清原業賢


「おおお、これはまことか?まさか小山家の方から打診がくるとは!」



 下人から小山家からの使いが来ていると聞いて急いで出先から帰ってきた甲斐があった。使いは手土産として小山の名物をいくつか麿に差し出すと、本題として小山家当主の下野守殿からの書状を取り出す。


 渡された書状を確認すると、そこには清原家と小山家との親交を深めるために娘である喜子(きこ)を下野守殿の側室として娶りたいと書かれていた。以前から小山家とのつながりを強めたいと思っていた麿にとってこの申し出は非常に価値があるものだった。


 清原家は代々明経博士を世襲しており、朝廷内では学問に重きを置いてきた。父は学者として名を馳せて最終的に正三位まで出世したが、朝廷自体が困窮しており清原家もまた同様困窮した状態だった。そんな生活に終止符を打ってくれたのが小山家だった。


 元々小山家は父の連歌仲間に過ぎなかったが彼らが焼酎と石鹸を開発したあたりから関係性が変わりはじめた。小山家が清原家を通じて朝廷に焼酎と石鹸を献上すると瞬く間に帝や有力者の目に止まり、清原家に問い合わせが相次いだ。その結果、小山家は清原家を介して都に焼酎と石鹸を流通させるようになり、清原家もそれらの売上の一部を報酬として得ることができた。爆発的な人気を誇った小山の名物のおかげで清原家の財政は潤い、それまでの困窮した生活から脱することができたのだ。


 しかも小山家は今代になると勢力をより拡大させて、ついに下野守護と下野守の座を射止めるほどまで成長している。そんな有望株との関係をより持続させつつ深めたいと思うのは当然のことだろう。


 数年前にこちらから小山家に縁談の打診をしたことがあったが、そのときは喜子がまだ幼いこともあって先方から時期尚早と断られていた。そういえば小山では正室が男児を産んだと聞いた。跡継ぎができたことで側室を迎えやすくなったことも関係あるのかもしれない。


 とはいえ、縁談自体は歓迎できるものだ。溺愛している喜子が下野に下ってしまうことは悲しいが下野守殿なら喜子を無下にすることはないだろう。麿は縁談の打診を快諾すると使いが去った後に喜子のもとに向かった。


 喜子は部屋で侍女とともに読書をしていた。学者の家に生まれたということもあって女子ながら幼い頃から書物を好んでおり、物語だけでなく漢詩なども嗜んでいた。さすがに学問を生業としている兄頼賢には負けるが、それでも学はある方だ。


 麿が部屋の近くまで来ると侍女たちは麿の存在に気づいたようだが、喜子は読書に夢中なようで麿が部屋に入ってもまったく反応しない。



「もし、喜子や」



 声をかけるとようやく麿の存在に気づいたのか、書物から目を離して麿の方へ視線を向ける。


 喜子は十五を迎えたばかりだが、その割には顔だちが幼く庇護欲をそそられる見た目をしている。麿が溺愛してたおかげか性格もおっとりしており、侍女にも親しげに振る舞っているので周囲からの評判も良い。少々おっとり過ぎたり、物事に集中し過ぎるところが玉に瑕だが、それもまた麿から見れば愛らしい。



「お父様(もうさま)?」


「おお、いきなり押しかけてすまんのう。今日は喜子に大事な話があってきたのだ」


「お話?」



 上目遣いでコテンと首を少し傾ける様に親ながら娘の魔性の女ぶりに思わず感心する。おそらく無意識でやっているのだろうが、その美貌であどけない仕草は間違いなく男心を擽る。



「そうだ、喜べ、喜子の縁談が決まったぞ」


「そうなのですか」



 思ったより喜子の反応が鈍い。もう少し表情に出るかと思ったが。



「おや、あまり嬉しくはないのか?」


「嬉しいも何も、そもそもお相手が誰なのかわからないので喜びようがありません」


「そ、それもそうか……こほん、改めて伝えるが喜子の嫁ぎ先は下野守護の小山下野守殿だ」



 そこまで言うと、ようやく喜子も驚いたように口に手を添える。



「まあ、小山様といえば清原家にとって恩人ではないですか」


「そのとおりよ。側室にはなるが、下野守殿は清原家にとって良い相手だと思っておる。だが小山家に嫁ぐとなると申し訳ないが喜子には下野に下ってもらうことになるのだが……」



 喜子は麿がとても可愛がったせいで都の外どころか屋敷の外すらまともに出たことがない。それに初めての遠出がいきなり坂東になるのも正直不安だ。今回の縁談は清原家として逃したくなかったが、喜子のことを考えると些か早まったか?


 しかしどうやら不安になっていたのは麿だけだったようだ。喜子は意外と乗り気なようで下野に下ることもあまり苦として受け止めていない。それどころか下野守殿の為人を聞き出そうとしてくる。


 もしかして外に出る経験が少なすぎたせいか、下野に下ることをちゃんとわかっていないかもしれないと思い、念のため下野への道のりが長く大変になることを伝える。それでも喜子は下ることに対して不安になることはなかった。



「縁談を承諾した麿が言うのもあれだが、どうして喜子は下野守殿との縁談にそこまで乗り気なのだ?」


「だって昔から嫁ぐなら小山様が良いって思ってたもの」


「は?えっ、えっ?」



 喜子の発言に思わず公家の仮面がとれて素が出てしまう。しかし、よくよく話を聞いてみたら原因は麿にあった。


 数年前の麿は清原家の財政を立ち直させてくれた小山家との縁談を画策しており、まだ幼い喜子に当時の下野守殿について色々吹き込んでいた。まだ家族以外の異性との交流がほとんどなかった喜子にとって下野守殿の情報は劇薬だったらしい。侍女によると当時恋患いのようなものを見せていたという。しかし縁談は断られ、麿は喜子の様子に気づかず、喜子に色々吹き込んだことすら忘れてしまっていた。



「そ、そうなのか……」



 喜子の言葉に背中から冷や汗が流れるのを感じた。幸い小山家との縁談が成立したおかげでどうにかなったともいえる。


 数年前に縁談が断られたあと、清原家の娘とあって喜子には様々なところから縁談の申し込みが殺到したが、麿は地位が高くとも清原家より困窮している公家や勢力が盤石とは言い難い中央の武家に嫁がせるつもりはなかった。今回はその判断が功を奏した形となったが、麿は幼い子に色々と吹き込んだ軽挙を反省する。


 喜子も縁談に前向きだったことで今後は下野への旅支度や輿入れの準備を進めることになる。一昔の清原家だったらまともな輿入れもできない有様だったが、今の財力なら公家として恥ずかしくない恰好で送りだせそうだ。



「さて、後は姉小路か」



 夜、麿は縁談とは別の小山家からの依頼に頭を悩ませる。小山家は北飛騨の江馬家とのつながりを欲していた。江馬なんぞ麿も知らなかったが、小山家からもたらされた情報によると江馬は南飛騨の三木家と婚姻関係にあり、その三木家は飛騨国司である姉小路家を支援しているという。つまり姉小路家にとって三木家は清原家における小山家に近い存在らしい。


 小山家は姉小路家を通じて江馬とつながりたいという。その仲介として清原家が選ばれた。小山家には恩があるし、姉小路家とは交流があるので承諾したが江馬までとなると些か骨が折れる。父上は弟の支援と学問に夢中だし、倅は出世街道まっしぐら。やはり麿がこなすしかないか。

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― 新着の感想 ―
御所言葉では(さま)は(さん)ではないでしょうか?御所さんといいますし おもうさん、おたあさん
[一言] 更新ありがとうございます。 喜子殿が良い子そうでなりよりです。 後は清原が変な気を起こさなければ良いのだけど…
[気になる点] >「お父上?」 お公家さんだと父親のことを「おもうさま」と呼ぶ印象があるのですが、ネットの知識なので正しいと確証が持てないんですよね。
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